12. 狙われた農場
文字数 3,015文字
このリサの村人たちは、大きく分けて三つの農場を持っている。第一農場は農家のある場所に存在し、オレンジやレモンの実のなる木のそばで、トマトや茄子 などの様々な野菜を栽培している。第二農場は、エール川のほとりの森へと続く斜面の葡萄 園。そして第三農場は、離れた平野にある畑で、そこでは小麦やトウモロコシと、根瘤 に生育地の土壌 を改良する菌がついている、マメ科の植物を栽培している。
その第三農場が、問題になっていた。
この村の人々は、不断の努力と工夫によって成功を遂げた農法を代々受け継ぎ、村の財産であるこの三つの農場を上手く維持 するコツを身に付けていたが、それでも手のうちようのない思わぬ災厄 に悩まされることが、時にあった。そしてその問題が起こる畑が、なぜか決まって第三農場なのである。
レッドとリューイの二人を引き連れて、ギルは、樫 の森とは反対方向へとエール川をたどっていた。牧場の柵 や農家がどんどん後方へ遠ざかり、そのまま川沿いに足を進めて行くと、やがて人だかりが見えた。高木のように抜きん出ている長身の男性は、エミリオに違いない。隣にいるのはシャナイアだろう。ミーアはベッドに置いたままのようだ。レッドは、リューイと目を見合った。
そのレッドは、リューイに手伝ってもらい、きちんとシャツを着てきていた。傷が疼 いている肩に力が入らないよう左腕はぶら下げていたが、立っているだけなら、傍目 にも特に不自然ではなかった。
到着した彼らは、そのままエミリオとシャナイアのそばまで歩いて行った。ギルが背後から肩に手を置くと、それに反応して振り向いたエミリオのその顔は、いかにも気の毒だと言わんばかりである。
すぐ周りでは、怒りの罵 り声と、絶望の嘆 きがしきりにこだましている。そんな村人たちが悲しげに見つめている先では、トウモロコシが悲惨なことになっていた。収穫前のこの時期にほとんどが茎 から折れ曲がり、土の上に転がっている果穂(果実)がぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。畑は全く惨めで無残な様相を呈しながら、痛々しい悲鳴を上げて訴えかけているかのようだ。
これでは、さすがに手の施しようがなかった。
老衰した村長は杖に寄りかかり、落胆の表情を浮かべている。
するとそこへ、森の方から駆けてきた一人の男が、エミリオのそばにいる、いかにも利発そうな指導者ふうの男の前で止まった。
「どうだった。」
「大丈夫、こっちは無事だ。今回も。」
息をきらせて男は答えた。
「そうか、よかった。」
報告を受けた男は安堵 のため息をついたが、目の前に広がる絶望を見つめながら、悲痛な声でみなに言った。
「ここはもうダメだ。諦 めよう、残念だが・・・。」
たちまち犯罪者に対する悪態が飛び交った。
その様子が、エミリオやギルには気になった。この荒らされ方では、まず人間の犯行ではなさそうだが、どうも、それが何者であるかがわかっているようだ。それで二人は、もう畑ではなく、そんな村人たちを見ていた。
「実りのあるほかの農場にも手を出さないのに。」
不幸中の幸いだが、村人たちには不可解で仕方ないのだろう。エミリオもギルも、初めはそう思って聞いていた。野生の動物の仕業 なら、村の中にはもっと美味しいものがたくさんある。
「それに今回も家畜は無事だ。なぜなんだ。」
村人たちがそう口にする少し前から、二人は畑に見られる痕跡 に気づいていて、いよいよ眉 をひそめていた。
エミリオは小さな声で、そばにいる指導者ふうのその男に尋 ねた。
「このようなことが、以前にも何度か?」
男はうなずいた。
「果実が形になった頃から狙われていた。そして今回で、この通りほぼ壊滅 に至ったってわけだ。ここだけが・・・。」
彼は絶望の冷めやらぬ顔で、死に絶えたトウモロコシ畑を見回した。
「少しは収穫できるかと思っていたところだったが・・・明日は祭りだというのに、縁起でもない・・・。」
レッドは、顔をしかめて畑の土を見つめていた。奇妙な足跡 がそこらじゅうにあるからだ。よくよく見れば、何か大きな鳥と獣の足が一体化したような形をしている。それは、とてもこの世の生物のものとは思えなかった。
「一体、何が・・・。」
レッドがそう呟 いた時、唐突 に誰かが怒鳴った。
「森の妖女め。何だってこんな真似をするんだ。」と。
「妖女?」
レッドは眉を動かした。
すると、背後にいた男がそれに答えた。
「ああ。あいつが夜、森の陰鬱 な沼のそばで見たんだってさ。畑がこうなるまでは誰も信じなかったけど、今ではその妖女が使わした魔物の仕業 に違いないって噂だ。」
レッドは呆気 にとられた。まだ何とも言えなかったが、すぐに思い当たった。恐らく、村人たちはとんでもない誤解をしている。そう思われてならなかった。だが、このような奇怪な事件が起こっているのもまた事実。魔物という言葉が引っかかった。
そしてリューイもまた、その言葉に敏感になった。この二人は、カイルの口からそれを聞いたことがあった。何となく、解決の糸口が見えた気がした。
同時にリューイは、ハッとした。
「お前の傷・・・。」
レッドは素早くリューイの腕をつかんだ。
「言うな。」
まだこの場で知らせるべきではないと思った。ただの憶測で、村人たちを無駄に混乱させるべきではないと。今の段階では、リューイに言ったようにしか説明できないレッドは、まずはカイルに相談すべきだと考えた。そうすれば何かが分かり、今日中にでもこの問題を解決できるような気がした。
幸い、リューイの声は誰の耳にも留まらなかった。
エミリオがゆっくりと、長く重たい深呼吸をした。隣にいるギルは、実はその相棒の異変にも気付いて心配していた。ずっとそうであったようだが、今それが、はっきりと表情から見て取れたのである。ギルは、エミリオの顔を覗 きこんだ。
「顔色が良くないな。どうした。」
「気分が少し・・・。今朝はどうもなかったんだが、なぜかな。」
そう答えるあいだにも、ギルにはみるみる青ざめゆくように思われた。
エミリオはうつむいて、辛そうに額 に手を当てた。
「戻ろうか。」
ギルはそっとエミリオの背中に手をやり、優しく促 した。それと一緒に、シャナイアも背中を向けた。
三人がその場を離れたあと、集まった村人たちも次第に散り始めた。彼らは不快な思いをしながら、このあといつも通り、それぞれの仕事に取りかからなければならなかった。
レッドは首を伸ばして、葡萄 園を越えたところをふと見上げた。その向こうには、シオンという名の森がある。
そのまま考え事をしていたレッドも、リューイに声をかけられて来た道を戻り始めた。
その時二人は、偶然、指導者ふうの彼が仲間と相談している声を聞いた。
「メテウス(収穫の女神メテウスモリアの通称)様には、ほかの農場へお移りになっていただこう。」
その第三農場が、問題になっていた。
この村の人々は、不断の努力と工夫によって成功を遂げた農法を代々受け継ぎ、村の財産であるこの三つの農場を上手く
レッドとリューイの二人を引き連れて、ギルは、
そのレッドは、リューイに手伝ってもらい、きちんとシャツを着てきていた。傷が
到着した彼らは、そのままエミリオとシャナイアのそばまで歩いて行った。ギルが背後から肩に手を置くと、それに反応して振り向いたエミリオのその顔は、いかにも気の毒だと言わんばかりである。
すぐ周りでは、怒りの
これでは、さすがに手の施しようがなかった。
老衰した村長は杖に寄りかかり、落胆の表情を浮かべている。
するとそこへ、森の方から駆けてきた一人の男が、エミリオのそばにいる、いかにも利発そうな指導者ふうの男の前で止まった。
「どうだった。」
「大丈夫、こっちは無事だ。今回も。」
息をきらせて男は答えた。
「そうか、よかった。」
報告を受けた男は
「ここはもうダメだ。
たちまち犯罪者に対する悪態が飛び交った。
その様子が、エミリオやギルには気になった。この荒らされ方では、まず人間の犯行ではなさそうだが、どうも、それが何者であるかがわかっているようだ。それで二人は、もう畑ではなく、そんな村人たちを見ていた。
「実りのあるほかの農場にも手を出さないのに。」
不幸中の幸いだが、村人たちには不可解で仕方ないのだろう。エミリオもギルも、初めはそう思って聞いていた。野生の動物の
「それに今回も家畜は無事だ。なぜなんだ。」
村人たちがそう口にする少し前から、二人は畑に見られる
エミリオは小さな声で、そばにいる指導者ふうのその男に
「このようなことが、以前にも何度か?」
男はうなずいた。
「果実が形になった頃から狙われていた。そして今回で、この通りほぼ
彼は絶望の冷めやらぬ顔で、死に絶えたトウモロコシ畑を見回した。
「少しは収穫できるかと思っていたところだったが・・・明日は祭りだというのに、縁起でもない・・・。」
レッドは、顔をしかめて畑の土を見つめていた。奇妙な
「一体、何が・・・。」
レッドがそう
「森の妖女め。何だってこんな真似をするんだ。」と。
「妖女?」
レッドは眉を動かした。
すると、背後にいた男がそれに答えた。
「ああ。あいつが夜、森の
レッドは
そしてリューイもまた、その言葉に敏感になった。この二人は、カイルの口からそれを聞いたことがあった。何となく、解決の糸口が見えた気がした。
同時にリューイは、ハッとした。
「お前の傷・・・。」
レッドは素早くリューイの腕をつかんだ。
「言うな。」
まだこの場で知らせるべきではないと思った。ただの憶測で、村人たちを無駄に混乱させるべきではないと。今の段階では、リューイに言ったようにしか説明できないレッドは、まずはカイルに相談すべきだと考えた。そうすれば何かが分かり、今日中にでもこの問題を解決できるような気がした。
幸い、リューイの声は誰の耳にも留まらなかった。
エミリオがゆっくりと、長く重たい深呼吸をした。隣にいるギルは、実はその相棒の異変にも気付いて心配していた。ずっとそうであったようだが、今それが、はっきりと表情から見て取れたのである。ギルは、エミリオの顔を
「顔色が良くないな。どうした。」
「気分が少し・・・。今朝はどうもなかったんだが、なぜかな。」
そう答えるあいだにも、ギルにはみるみる青ざめゆくように思われた。
エミリオはうつむいて、辛そうに
「戻ろうか。」
ギルはそっとエミリオの背中に手をやり、優しく
三人がその場を離れたあと、集まった村人たちも次第に散り始めた。彼らは不快な思いをしながら、このあといつも通り、それぞれの仕事に取りかからなければならなかった。
レッドは首を伸ばして、
そのまま考え事をしていたレッドも、リューイに声をかけられて来た道を戻り始めた。
その時二人は、偶然、指導者ふうの彼が仲間と相談している声を聞いた。
「メテウス(収穫の女神メテウスモリアの通称)様には、ほかの農場へお移りになっていただこう。」