24. 災いをもたらしたもの

文字数 2,519文字

 そうして男たちがしきりに腰をマッサージしていると、人影とランタンの明かりがちらほらと現れた。するとその一つが飛び出して、ぐんぐんと向かって来る。その灯りの中の人影は、狼狽(ろうばい)しているように見えた。

 ランタンの明かりに照らされた顔は驚きと困惑に満ち、やや憤慨(ふんがい)しているようでもあった。それは、昼間この場所でリーダーぶりを見せていた、あの利発そうな長身の男である。

「君たち、困るよ。」
 駆けつくなり、男はそう悲鳴を上げた。
 カイルはおずおずと肩をすくめた。
「すみません、でもこれ ―― 」
「君が頼んだのか。いったい、なぜこんな ―― 」
 カイルがまだ何も話さないうちから、男は穏やかならない顔で言葉を被せてきた・・・が、その彼もまた、素早く進み出たエミリオによって、途中で話しを遮られた。
「どうか、叱らないでやっていただきたい。」とエミリオは言った。
 割って入るようにして両者の間に立ったエミリオは、肩越しにカイルの目を見て、それから男に向き直った。
「あなた方は、この少年に救われることになるかもしれないのだから。」

 そのあと五秒ほど間が空いて、男の熱も少しは冷めたようだった。

「どういうことだい。」
「今、説明します。みんなが集まったら。」
 カイルが、エミリオの陰から顔をのぞかせて言った。 
 さっぱり理解できないせいで、まだ怒りは冷めきらないものの、男は黙って待つことにした。

 そのあいだにも、周りにはぞくぞくと村人たちが集まってきていた。その誰もが、これから起こることの見当もつかないままに、ここへやってきたらしい面持ちをしている。その怪訝(けげん)そうな眼差しは、いつの間にか違う場所に移動している石碑(せきひ)と、その前に立っている黒髪の少年にことごとく向けられていた。

 そんな中、レッドはそばに来たシャナイアに気付くと、とたんに声を荒げた。ミーアを連れているからだ。
「バカやろう、どうして起こした。」
「起きちゃってたのよ。気になって様子を見に帰ってみたら、誰もいないから泣いてたのっ。可哀想だから連れてきたのよ。」

 なるほど、ミーアはすっかり泣きはらしたふくれっ面で、レッドを(にら)みつけていた。レッドはため息をついて見つめ返し、黙ってミーアを抱き上げた。

 さて、ようやく村人たちがそろったとみえたところで、注目を浴びているカイルは、首をめぐらした。それから、石碑に手を添えて言った。
「この石は呪われています。農場荒らしの原因と、そして犯人はこれです。」

 だしぬけで、じつに簡潔明瞭。村人たちの顔が一様に唖然となった。

「ちょっと待ってくれ。それは神を ―― 」
「収穫の女神メテウスモリアを(あが)める石碑・・・ですよね。」
 先ほどの男がすぐに言葉を返してきたが、その先を読んだカイルは、いち早くそう確認した。信用してもらうために。

 それは上手くいって、男のカイルを見る目に少し変化があった。

 ここへ来て、最初にカイルが確かめようとしたのは、石碑に刻まれた文字と、文章が表す意味。それは精霊文字といって、彼らにさえ分からないものだからだ。ただ、村長にはその知識があって、そもそも、その文字は村長が頼んで彫らせたものであるから、村人たちも内容についてだけは教えられていた。

 それを解読したととれる言葉で、村人たちを驚かせたカイルは、さらに自身の能力を分からせていく。
「ここに書かれてあるのは、農業の成功を祝って女神メテウス(メテウスモリアの通称)に感謝し、豊作を願う言葉。確かに呪いとは全く関係ない。」

「そうだ、それを突然呪われているなどと告げられても、納得がいかないのは当然だろう。」
 男の声には、まだ幾らか神経の(たかぶ)った感じがあった。呪われている、などと言われたせいだ。

 そこへ、豊かな顎鬚(あごひげ)の村長が静かに進み出てきた。

 牧師でもある高齢の村長は、優しい口調で男を(なだ)めると、カイルにも穏やかな目を向けた。落ちくぼんだその目の奥にも、怒っている様子はなかった。
「根拠は何なのかね?」

 きかれて、村長のその目を真っ直ぐに見つめ返したカイルは、堂々と答えた。
「はい、僕は精霊使いでもあるんです。それで、ここへ来たとたんに、この石碑からはっきりと呪いを感じたので、すぐに分かったんです。」

 それを聞くや男がまた口を開けたが、村長は節くれだった手をゆっくりと上げて、それを制した。

「信じよう。この少年はわしの病を治し、多くの者の悩みを解決してくれた。クレイグよ、それでも信用できぬのかえ。」

 そう呼ばれた男は口を(つぐ)んで、しばらく村長を見つめていたが、「長老がそうおっしゃるなら。」と小声で答えた。そして、カイルに向き直った。「君を信用しよう。ぜひ、いや、どうかこの問題も解決してくれ。」

 カイルはしっかりと(うなず)いてみせ、それから話を続けた。
「でもまず、こっちに質問させてください。この石はどこから持ってきたの?」

 すると、クレイグは親しい友人たちと顔を見合って、首をかしげた。

「それは、デイヴがどこかから馬車で運んできて、そして作ってくれたものだからなあ・・・。」
「デイヴって?」
「長老のご子息だよ。つまり、君たちが今いるあの家の家主さ。その石碑は、そこの川辺から動かしたことがなかった。だから、デイヴが作業をするのもずっとここだったが・・・まさか、彼がなんて言うんじゃあ・・・。」

 カイルは、首を振ってみせた。

「彼は純粋な気持ちでこれを作ったはずだよ。彼の絵を見れば、彼が、この村を心から愛しているのが分かるもの。彼は本当に知らなかったんだ。たぶん・・・たまにあるんだけど、呪いをかけられているものが何かを知っていながら、ろくに浄化もしないで遠くに捨てに行ったり、厄介だからって他人を(だま)して(ゆず)ったり・・・。いい加減な人がいるんだ。彼は、そのどちらかの被害者じゃないかな。」

 言葉を返す者はいなかった。


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