42. 歌姫と踊り子

文字数 1,646文字

 そこへ、娘たちの輪の中からレイラが立ち上がって、駆けてくるのが見えた。

「シャナイア、こっちへいらっしゃいよ。女同士で楽しくやりましょう。」
 レイラはシャナイアの腕を引っ張り、それからギルに向かって、「彼女を借りるわね。」とことわると、自分たちの場所へ連れて行ってしまった。

 夜の冷え込みは次第に厳しくなっていったが、もはやそれも感じられないほど、男たちは底抜けに浮かれていた。

 そんな中、ある時クレイグが角笛(つのぶえ)を響かせると、村人たちは吸い寄せられるように足を向けた。何が始まるのか分からないままに、一行(いっこう)も同じように移動した。その先には、巨大な焚き火台がある。

 松明(たいまつ)を握りしめているクレイグは、それを焚き台に投げ入れて点火。盛大に炎が燃え上がると気分も盛り上がり、余興が始まる。

 まずは、弦楽器(げんがっき)を持った男が、道化師(どうけし)さながらに炎の前へと飛び出した。だが打って変わって、(かな)でるのは静かな調べだ。その音が流れ出すと、どこからともなく聞こえてきた美しい歌声が、演奏者の曲と見事に調和した。優雅に立ち上がった長い髪の妖艶(ようえん)な美女は、決められた通りに炎の前へと歩み出る。歌姫(うたひめ)の美声は風に運ばれ、星々の間をすり抜けて天にまで漂った。 

 そうして、潅木(かんぼく)の陰で(ひざ)を抱いているカイルのもとにも、綺麗な歌声は(かす)かながら届いた。それは痛いほど心に()みてきた。(なぐさ)められているような、そんな気さえした。ぎゅっと膝を引き寄せたカイルは、膝頭(ひざがしら)に顔を付けて体を震わせた。

 レイラが歌い終えると、今度はまた、外套(がいとう)(まと)ったいかにもひょうきんそうな男が現れた。そして突然、何もないところから不意に羽が出てくる手品をしてみせた。彼はそのあとも続けて数々の芸を披露し、一つ技を成功させる度に大きな拍手が送られた。

 陽気な(うたげ)が延々と繰り広げられていた。

 子供は子供同士で仲良く遊んでいたミーアも、今は久々にレッドの腰にしがみついて、もう半分眠りかかっていた。だいたいこの頃になると、疲れきった子供たちは一人また一人と毎年うたた寝だす。

 仲間たちから離れて別の場所にいたシャナイアが、何やら友人たちに乗せられて立ち上がるのが見えた。そうかと思うと、シャナイアは戻ってくるなり、エミリオの腕をつかんで言った。

「一曲、お願い。」

 そういうことか。だがエミリオは、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「すまない、置いてきてしまった。」

 それを聞いていたギルが、出番を終えた道化師から素早く弦楽器(げんがっき)を借りて、「エミリオ、こいつもいけるって言ってたな。」と、相棒に押しつけた。

 周りにいる酔っ払いが、さかんに手を打ち鳴らして(あお)ってきた。シャナイアにも引っ張られて、結局エミリオは、焚き火台のステージへと出ていくしかなくなってしまう。

 炎の熱が当たらない場所に腰を下ろして、渡された楽器を抱えたエミリオは、軽くシャナイアと打ち合わせをしたあと、少しつま弾いた。そして調弦をし、顔を上げてシャナイアにうなずいてみせる。

 青年が曲を奏で、踊り子が舞いだすと、人々はたちまち息を呑んだ。

 夜風に髪をなびかせながら、エミリオは穏やかな表情で楽しい曲をかき鳴らしていた。それには男でさえ見惚(みと)れるほどだったが、合わせて踊る彼女の姿はそれにも勝って美しく、誰もの目に女神さながらに映った。

 シャナイアは、踊ると心底楽しくなれた。そうしてステージを存分に跳ね回り、心ゆくまで華麗な舞いを披露した。

「ああやって(かせ)いでたのか。」

 リューイが思い出して言い、レッドがふと首をめぐらしてみると、そのリューイと、完全に眠りに落ちた子供たちを除いて、みな現実の世界を忘れたかのようになっていた。横にいるギルなど、今話しかけても反応しそうにない顔をしている。

 シャナイアを知らずにこの舞いを見れば、俺もきっとこうなっただろう。そのことに、レッドは思わず気づかされた。とはいえ、自分に対する普段の彼女の印象が強烈で、これを見ても相変わらず〝黙ってさえいればイイ女〟という見方しかできなかったが。



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