10. 血の臭いがする・・・
文字数 2,488文字
それは・・・血。血痕 だ。どういうわけか、その女性像の美しい顔に血が付いていた。これでどうやって肩を刺せる・・・? と、レッドは首を捻 った。特に出っ張った鋭利 な部分などない、優美な姿をした像なのである。しかも汚れているのは顔の一部分だけで、それはきっちりと木箱の中に収まっていた。
レッドはもうさっぱり訳が分からず、再び寝床に腰を下ろして、やはりため息をついた。
その時、ドアの向こうから近づいて来る足音に気付いた。
レッドは慌てふためき、急いで敷 き毛布に上掛 けを重ね合わせて血を隠した。
「レッド、起きてるか。」
リューイだ。
レッドは、自然な感じを意識しながら返事をした。そして入って来られる前に、隠した血が背後になるようにして座り直した。
ドアを押し開けて、リューイはすぐに入室した。その手には、シャナイアが洗濯しておいてくれたレッドの上着があった。
「ほらよ、お前の分だ。」
レッドは、まずいと思った。右手には血を拭 いた跡が残っている。だが、左腕ではとても受け取れそうにない。そう内心あたふたしているうちにも、軽く振りかぶったリューイは、やはり手にしているものを放り投げてきた。
レッドは結局、さっと右手で受け取った。
「ああ、ありがとう。」
レッドはごく自然にできたつもりだったが、その直後に相棒の顔が〝なんだ?〟というふうになったのを見て取って、ギクリとした。
「何があった?」と、リューイはきいた。
「え・・・なんで・・・。」
「なんでって、お前、その手・・・。」
「ああいや、これは、その・・・ちょっと・・・。」
なぜか誤魔化 そうとしているレッドに、リューイは顔をしかめた。そして、黙ってつかつかと近寄ると、レッドの右手を引っつかんだ。その手を固く握りしめることもなく、レッドはもはやされるままだったが、そこでリューイは、今度は鼻をひくつかせ始めた。
「血の臭いがする・・・ほかに。」
そう呟いたリューイは、レッドの左やや後ろに目を向けた。そして、上掛け毛布に手を伸ばした。レッドは思わず腰を捻り、慌ててそれを阻止した。わざわざ右手で。いきなり腕をつかまれたリューイは驚いてレッドを見たが、その不自然さにまた気づいて、とっさに止めてきたその手を振り払う。それからレッドの胸ぐらを掴むと、左側へぐいと引き下げた。
レッドの口から、短い痛烈な悲鳴が漏れた。
傷口に当てていた布が滑り落ち、その下からねっとりとこびり付いている血が現れる。リューイはそれから上掛けを捲 り上げて、そこにもまた思った通りの血を確認した。
「お前の血か?」
「ああいや・・・ああ。」
レッドはまた曖昧 な返事をし、口をつぐんだ。
リューイは、じろりとレッドを見据 えた。今はただ率直に、どういうわけか傷を隠そうとしたことに加え、もはやどう見てもおかしな状況であるにもかかわらず、レッドがまだ理由を話そうとしないことに、ムカッ腹が立った。
実際、レッドの方は、わけの分からないことが、知らないうちに起こったことを説明するのは難しい・・・と思い、うまく言葉が出て来なかった。
「カイルを呼んで来る。」
リューイはそっけなく一言吐き棄てて、背中を向けた。
「いや、俺から行く。」と、レッドはすぐに呼び止めた。
レッドはこうなった以上もう堂々とシャツを脱いで、リューイと共に部屋を出た。
カイルの部屋は、アトリエから二つ目の展示室である。一つ目は、つまりレッドのいた部屋の隣は書斎で、そこがリューイに当てられた寝室だった。
リューイが展示室のドアをノックすると、一度目は待てども返事がなく、もう一度、今度はがなり声と共に力を込めて叩くと、少しして、寝ぼけまなこのカイルが迷惑そうに顔を覗かせた。
「手当てを頼む。」
レッドが一言そう言っただけで、カイルはすぐに請 け合った。二人に入るよう促 して、部屋の奥へ戻ろうと背中を向ける・・・が、いきなり弾 かれたように向き直り、目を大きくして、レッドの血に染まっている肩を凝視 した。
「ななな、何⁉ どうしたの⁉」
レッドは苦い顔をし、チラとリューイをうかがった。
リューイが、どう答えるのか、という目を向けてきていた。
レッドはため息をついて、「分からない・・・。」と、小声で答えた。
「分からないって、それ凄 い出血・・・。」
「頼むから、とにかく治療をしてくれ。俺だって困惑してる。」
カイルは理解できず、隣にいるリューイを見た。
リューイはむっつり黙っていた。
妙に険悪な空気を察して、カイルもそれ以上は何もきかずに二人を部屋で待たせると、下の階へ下りて行った。
展示室は、明るい日差しがよく射し込む窓もある、広い部屋だった。多種多様の木彫りの彫像などにも目を引かれるが、最も多く収められ、飾ってある絵画の数々はそれにも勝って魅力的だ。そのほとんどが身近なもので、躍動 感あふれる、心温まる作品ばかり。村人たちが畑仕事をしているところ、家畜を追っているところ、女性たちがパンを焼いているところ、子供たちの無邪気に駆け回る姿・・・。それらには、作者の人柄や思いがよく表れていた。度々村を離れて自由奔放に歩き回ってはいても、芸術に対する情熱と同じく、故郷を愛しているのだと。
その中で、リューイが釘付けになっているのは、数少ない静かな絵だった。だが、最も感動的な作品とも言える。それは、二頭の馬の仲むつまじい様子を描いた水彩画。うち一頭は仔馬で、首を伸ばして顔を寄せているもう一頭にぴったりと寄り添っているが、その瞼は両方共閉じられていた。
リューイの横顔には、どこか切ない優しい笑みが浮かんでいる。その表情に、やっと機嫌が良くなったようであるのを見て取って、レッドは少しほっとした。
レッドはもうさっぱり訳が分からず、再び寝床に腰を下ろして、やはりため息をついた。
その時、ドアの向こうから近づいて来る足音に気付いた。
レッドは慌てふためき、急いで
「レッド、起きてるか。」
リューイだ。
レッドは、自然な感じを意識しながら返事をした。そして入って来られる前に、隠した血が背後になるようにして座り直した。
ドアを押し開けて、リューイはすぐに入室した。その手には、シャナイアが洗濯しておいてくれたレッドの上着があった。
「ほらよ、お前の分だ。」
レッドは、まずいと思った。右手には血を
レッドは結局、さっと右手で受け取った。
「ああ、ありがとう。」
レッドはごく自然にできたつもりだったが、その直後に相棒の顔が〝なんだ?〟というふうになったのを見て取って、ギクリとした。
「何があった?」と、リューイはきいた。
「え・・・なんで・・・。」
「なんでって、お前、その手・・・。」
「ああいや、これは、その・・・ちょっと・・・。」
なぜか
「血の臭いがする・・・ほかに。」
そう呟いたリューイは、レッドの左やや後ろに目を向けた。そして、上掛け毛布に手を伸ばした。レッドは思わず腰を捻り、慌ててそれを阻止した。わざわざ右手で。いきなり腕をつかまれたリューイは驚いてレッドを見たが、その不自然さにまた気づいて、とっさに止めてきたその手を振り払う。それからレッドの胸ぐらを掴むと、左側へぐいと引き下げた。
レッドの口から、短い痛烈な悲鳴が漏れた。
傷口に当てていた布が滑り落ち、その下からねっとりとこびり付いている血が現れる。リューイはそれから上掛けを
「お前の血か?」
「ああいや・・・ああ。」
レッドはまた
リューイは、じろりとレッドを
実際、レッドの方は、わけの分からないことが、知らないうちに起こったことを説明するのは難しい・・・と思い、うまく言葉が出て来なかった。
「カイルを呼んで来る。」
リューイはそっけなく一言吐き棄てて、背中を向けた。
「いや、俺から行く。」と、レッドはすぐに呼び止めた。
レッドはこうなった以上もう堂々とシャツを脱いで、リューイと共に部屋を出た。
カイルの部屋は、アトリエから二つ目の展示室である。一つ目は、つまりレッドのいた部屋の隣は書斎で、そこがリューイに当てられた寝室だった。
リューイが展示室のドアをノックすると、一度目は待てども返事がなく、もう一度、今度はがなり声と共に力を込めて叩くと、少しして、寝ぼけまなこのカイルが迷惑そうに顔を覗かせた。
「手当てを頼む。」
レッドが一言そう言っただけで、カイルはすぐに
「ななな、何⁉ どうしたの⁉」
レッドは苦い顔をし、チラとリューイをうかがった。
リューイが、どう答えるのか、という目を向けてきていた。
レッドはため息をついて、「分からない・・・。」と、小声で答えた。
「分からないって、それ
「頼むから、とにかく治療をしてくれ。俺だって困惑してる。」
カイルは理解できず、隣にいるリューイを見た。
リューイはむっつり黙っていた。
妙に険悪な空気を察して、カイルもそれ以上は何もきかずに二人を部屋で待たせると、下の階へ下りて行った。
展示室は、明るい日差しがよく射し込む窓もある、広い部屋だった。多種多様の木彫りの彫像などにも目を引かれるが、最も多く収められ、飾ってある絵画の数々はそれにも勝って魅力的だ。そのほとんどが身近なもので、
その中で、リューイが釘付けになっているのは、数少ない静かな絵だった。だが、最も感動的な作品とも言える。それは、二頭の馬の仲むつまじい様子を描いた水彩画。うち一頭は仔馬で、首を伸ばして顔を寄せているもう一頭にぴったりと寄り添っているが、その瞼は両方共閉じられていた。
リューイの横顔には、どこか切ない優しい笑みが浮かんでいる。その表情に、やっと機嫌が良くなったようであるのを見て取って、レッドは少しほっとした。