7. 軒先の友情1 ― レッドとカイル

文字数 1,804文字

「さて・・・。」と、ほかの者たちの注意をひいて、ギルは食卓に視線を戻した。「カイルのことはレッドに任せて、俺たちもいただこうか。せっかくのグラタンが冷めちまう。」

 ウッドデッキが張り出している玄関ポーチには、三段の階段が設けられている。
 そこに座っている少年の背中は、思わず支えてやりたくなるほど弱々しく、情けの無いものに見えた。

「こらガキ、どうした。」

 そのすっかり意気消沈(いきしょうちん)しきった姿に、声をかけ始めは思わず(にく)まれ口になってしまった。だがレッドは、それをまずいとは思わなかったし、むしろ変に優しい声をかけるよりは、こうして切り出す方がいいような気がした。

 カイルにはドアの(きし)む音が聞こえていたし、気配も感じたが、振り向いて確かめることはなかった。声がして呼ばれたが、それも無視した。その声に誰かもたちどころに分かったが、どうでもよいことだった。

 レッドは腰に両手を当てて、わざと派手なため息をついてみせる。
「調子狂うんだよ。お前がそんなふうに落ち込んでると。」
 カイルの肩が震えたのが分かった。そして、やっと向けてくれた片目にレッドは瞬間ドキッとし、みるみる顔を曇らせた。
「カイル・・・。」
 レッドは静かに歩いて、少年の隣に腰を下ろした。
「何があった。」

 軒先(のきさき)の階段がある狭い場所に、二人は並んで座っていた。目の前には緩やかに起伏(きふく)する草原が広がっていて、遠くに、牧場の柵が影絵のように浮かんで見える。雲を透かして、まだ丸い月が辛うじて(うかが)える夜空のもと、今日の出来事をぽつりぽつりと語り始めたカイルは、いつの間にか、レッドに気の休まる何かを求めるようになっていた。吹きつける風が心にまで沁みてきたが、隣にいてくれている者の存在感には、確かに安らぎを覚えることができた。

「彼女こう言ったんだ。また同じ目・・・もうたくさんだって。ほんとは早く離れたいくせにって・・・。きっと・・・どういう思いであれ、ずっと違う目で見られてきて、それが悲しかったんだと思う。」

「それが分かっていながら、絶句しちまったわけか?」

 カイルは下を向いて黙ったが、一つうなずいた。
 
「そっとしておいた方がよかった・・・なんて、今は思ってないんだろ。その子のために本当はどうしたいか・・・お前なら。」 
 
 レッドはカイルの顔をずっと見つめて話していたが、カイルの方はずっと自分の足元を見つめていた。

 その子がカイルに冷たくあたった理由。今聞いた話から推測する限り、人に構われたくない・・・と、心から思っているとは、レッドには思えなかった。伝わってきたのは、人に対する恐怖心だ。不安や劣等感、それに、孤独感。むしろ救い手が必要な子だと思った。それには、この少年こそふさわしい。

 しかし、そのカイルからの返事が、なかなか返ってはこない。

「もしそこで言うことができていたら、何て言ってやるべきだったと思う。」

 すぐには何も浮かばず黙ったままのカイルだったが、やがて素直な声で、「思いつかない・・・。」と答えた。 

「何も言わなくていいんだよ。」
 とても静かな声で、レッドは言葉を続けた。
「分からないなら、ただ抱きしめてやるだけでもよかったんじゃないか? 彼女に何て言われたかを考えてみれば・・・。だったら、きっと、それが一番伝わる。何も言えなくたっていいが、お前はそこで、絶句するより先に両手を伸ばしてやるべきだったろう。その子の目を見て、ためらわずに、正面からしっかりとな。」
 レッドは落ち込んでいる少年の頭に手を置いて、微笑(ほほえ)んだ。
「行ってこいよ。」

 カイルは、レッドの目を見た。その容貌(ようぼう)の険しさを、そうは思わせない優しい笑みが浮かんでいた。
 だがカイルは、自信なさげに、(ひざ)の間で組んでいる自分の手元にまた視線を落とした。

「・・・分かってもらえるかな。」
「ああ。それができさえすれば、きっと・・・。」
 カイルの肩に手を回して、レッドは力強く言った。
「きっと友達になれるさ。」

 カイルは少し滅入(めい)った気持ちがふっきれて、その分自信に変わりゆくのを感じた。
 カイルも微笑み返した。

 夜空は、また少し雲が濃くなったようだった。






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