25. 魔物
文字数 2,119文字
その中で、少しするとギルが、「カイル、農場荒らしの原因がそれだってことは・・・つまり、それのせいで何かが現れて、畑を滅茶苦茶にしたって・・・わけか?」と、こういう事態は初体験のために、違和感を感じつつ確認。
「そう。その何かは、僕たち術使いの世界では魔物って言われるものだけど、それは、この呪いをかけた者の呼びかけに応えた悪い精霊群で形成されたもの。」
「じゃあ、なぜその・・・魔物は気まぐれに現れるんだ。」
「気まぐれじゃないよ。基本的に呪いによって作られた魔物は、みんな明るい場所が嫌いなんだ。その程度はさまざまだけど、ここは遮 る物が何もない草原で、普段は月光がまともに当たったり、今夜みたいに満天の星が広がるから、出る気にならなかったんじゃないかな。月や星明かりで怯むくらいだから、極度に光を嫌う弱いタイプだと思うけど・・・。とにかく、それらが現れるのは、それらにとって絶好の夜、つまり、空がどんよりと雲に覆われた闇夜 だけってことさ。」
「出る気にならなかったって・・・その化け物は、どこからやってくるんだ。」
リューイが問うた。
「この中だよ。」
カイルは石碑 を二度叩いてみせた。
「家畜が無事であることを考えると、これは呪いが及ぶ範囲でしか悪さができない種だよ。その呪いの儀式で得られる魔力を介するものとして、こういった身代わりを置くんだ。呪詛 を行った本人には一番負担が軽い方法。今では一般的だよ。で、その呪いを及ぼしているものが、媒体となったこの石碑。」
そこで初めて人々がざわめいた。
しかしここで、エミリオとギルに疑問ができた。カイルは先ほど、浄化と魔物退治を別々にするような言い方をしていた。だが、魔物は呪いの及ぶ範囲でしか悪さができないのなら、浄化をすれば、おのずと魔物退治になるのではないかと。だが二人ともその世界のことはよく分からないし、今そんなことを口にできる空気ではなかった。それに、石碑を運ぶ前にカイルが言っていた言葉を思い出せば、どちらにせよ浄化が先になるのだろう。
「分からないのは、レッドの肩の傷・・・その犯人が同じだとすると、家畜が無事だってことは、レッドの部屋なんて明らかに範囲外だし・・・。」
それを聞くやレッドはすぐに思い出して、ハッとした。
「カイル・・・一つ心当たりがある。」
レッドは眉根を寄せて、脳裏に浮かんだものを見つめながら言った。
「そもそも・・・俺が借りてるあのアトリエは初め滅茶苦茶に散らかっていたんだが、窓辺に・・・小さな石像があった。女性の姿をした像だ。それに・・・血がついてた。たぶん・・・俺の・・・。」
カイルは、たちどころに閃 いた。足はすでに落ち着いてはおらず、「それだ!」と叫ぶと、クレイグと村長の間と、村人たちの中をただいい加減に謝りながら駆け抜けて、帰ってしまった。
ギルは、呆気 に取られた顔をエミリオと見合い、やれやれと肩をすくう。
少しすると、人々の間からひそひそ話が始まった。恐怖のざわめきが聞こえるかと思えば、他愛無い会話を楽しむ若い声や、至って無邪気にはしゃぐ幼子の声もあった。そんな恐ろしい話を聞かされても、村人たちについては被害もまだ人身に及んでおらず、今も何も起こらないせいか、まだどこか楽観的に受け止めている様子。実際、ギル自身、頭では理解できても、差し迫ってくるような危機感をいまいち感じられずにいた。美しい星空の下で、呪われているという石碑は、ずっとおとなしくしているのだから。
しかし一方で、確かな呪いをカイル以上に敏感に感じているエミリオは、この周りの様子に不吉な予感がしていた。胸騒ぎは治まらず、不安は募 りゆくばかりだった・・・。
やがて、息をきらせたカイルが戻ってきた。カイルはハアハア言いながら、石碑の前に集まっている村人たちに、アトリエから持ってきたものを見せ知らせた。
「ほら、やっぱりだ。メテウスの像。同じ石で作られてる。たぶん、その石碑に飾るためのものだよ。部屋に入った瞬間に分かった。不快感がしたから。」
それは、女性の優美な姿を、優れた技術でこしらえた石の彫像 。高さは三十センチほど。収穫の女神の優しい微笑みと、丈の長いしっとりとした衣服を纏 う優雅な動きが、巧 みに表現されてある。どれほど丹念に作られたかが窺 われるだけに、ますます胸が締め付けられた。
「皮肉だな・・・。」
ギルが悲哀めいた声で呟いた。
「その中から飛び出した化け物に、俺はやられたのか?」
レッドは言ってから、いや、言う途中で腑 に落ちないことにまた気付いて、そのまま言葉を続けた。
「だが、左肩だけで済んだのはなぜなんだ。本当なら食い殺されているところだろう。」
「蝋燭 の火さ。」
即答したカイルは、レッドがあっと口を開けたことに、相手の理解を見て取ってから説明を加えた。
「レッドはオイルランプじゃなくて、蝋燭を使ってたよね? 火を点けたまま寝てたんじゃない?」
その通りだった。木蝋 から村人たちが手作りしたキャンドルグラスである。
「火があるために魔物は外へ出られなかった。でも、火が燃え尽きるとか何かで消えて、夜明けの暁光 が射し込むまでの束 の間に、肩に食らい付いたんだ。」
「そう。その何かは、僕たち術使いの世界では魔物って言われるものだけど、それは、この呪いをかけた者の呼びかけに応えた悪い精霊群で形成されたもの。」
「じゃあ、なぜその・・・魔物は気まぐれに現れるんだ。」
「気まぐれじゃないよ。基本的に呪いによって作られた魔物は、みんな明るい場所が嫌いなんだ。その程度はさまざまだけど、ここは
「出る気にならなかったって・・・その化け物は、どこからやってくるんだ。」
リューイが問うた。
「この中だよ。」
カイルは
「家畜が無事であることを考えると、これは呪いが及ぶ範囲でしか悪さができない種だよ。その呪いの儀式で得られる魔力を介するものとして、こういった身代わりを置くんだ。
そこで初めて人々がざわめいた。
しかしここで、エミリオとギルに疑問ができた。カイルは先ほど、浄化と魔物退治を別々にするような言い方をしていた。だが、魔物は呪いの及ぶ範囲でしか悪さができないのなら、浄化をすれば、おのずと魔物退治になるのではないかと。だが二人ともその世界のことはよく分からないし、今そんなことを口にできる空気ではなかった。それに、石碑を運ぶ前にカイルが言っていた言葉を思い出せば、どちらにせよ浄化が先になるのだろう。
「分からないのは、レッドの肩の傷・・・その犯人が同じだとすると、家畜が無事だってことは、レッドの部屋なんて明らかに範囲外だし・・・。」
それを聞くやレッドはすぐに思い出して、ハッとした。
「カイル・・・一つ心当たりがある。」
レッドは眉根を寄せて、脳裏に浮かんだものを見つめながら言った。
「そもそも・・・俺が借りてるあのアトリエは初め滅茶苦茶に散らかっていたんだが、窓辺に・・・小さな石像があった。女性の姿をした像だ。それに・・・血がついてた。たぶん・・・俺の・・・。」
カイルは、たちどころに
ギルは、
少しすると、人々の間からひそひそ話が始まった。恐怖のざわめきが聞こえるかと思えば、他愛無い会話を楽しむ若い声や、至って無邪気にはしゃぐ幼子の声もあった。そんな恐ろしい話を聞かされても、村人たちについては被害もまだ人身に及んでおらず、今も何も起こらないせいか、まだどこか楽観的に受け止めている様子。実際、ギル自身、頭では理解できても、差し迫ってくるような危機感をいまいち感じられずにいた。美しい星空の下で、呪われているという石碑は、ずっとおとなしくしているのだから。
しかし一方で、確かな呪いをカイル以上に敏感に感じているエミリオは、この周りの様子に不吉な予感がしていた。胸騒ぎは治まらず、不安は
やがて、息をきらせたカイルが戻ってきた。カイルはハアハア言いながら、石碑の前に集まっている村人たちに、アトリエから持ってきたものを見せ知らせた。
「ほら、やっぱりだ。メテウスの像。同じ石で作られてる。たぶん、その石碑に飾るためのものだよ。部屋に入った瞬間に分かった。不快感がしたから。」
それは、女性の優美な姿を、優れた技術でこしらえた石の
「皮肉だな・・・。」
ギルが悲哀めいた声で呟いた。
「その中から飛び出した化け物に、俺はやられたのか?」
レッドは言ってから、いや、言う途中で
「だが、左肩だけで済んだのはなぜなんだ。本当なら食い殺されているところだろう。」
「
即答したカイルは、レッドがあっと口を開けたことに、相手の理解を見て取ってから説明を加えた。
「レッドはオイルランプじゃなくて、蝋燭を使ってたよね? 火を点けたまま寝てたんじゃない?」
その通りだった。
「火があるために魔物は外へ出られなかった。でも、火が燃え尽きるとか何かで消えて、夜明けの