17. 軒先の友情2 ― リューイとカイル

文字数 1,684文字

 今夜もまた、食卓にうかない顔がそろっていた。
 カイルの姿はない。
 (いた)わるような視線が、玄関のドアに集中していた。

「カイルは依然(いぜん)・・・あのままか。」
 ギルは背凭(せもた)れに寄りかかって、腕を組んだ。
「ちょっとあなた、夕べ何しに行ったのよ役立たず。」
 シャナイアがつっけんどんにレッドを責める。
 レッドは深々とため息をついた。
「ダメだったか・・・。」
「カイルのあのような姿を見るのは、辛いな。」
 エミリオも食卓に目を戻したものの、その端麗な顔を曇らせていた。

 沈黙に覆われる食堂。

 やがて、リューイが静かに席を立った。
「今夜は俺に行かせてくれ。」

 それから玄関へ向かったリューイは、ドアに手をかける前に一度振り返った。仲間たちの視線を浴びているのに気付いていたからだ。リューイはただ微笑で応えて、外へ出た。

 ギルやレッドは、あまり言葉(たく)みでなさそうなうえ率直すぎるリューイに、あいつで大丈夫か・・・? という思いもあったが、その笑みには妙に頼もしさを感じた。

 リューイが外へ出てみると、いつの間にか雲が晴れて、()みきった夜空に星が(またた)いていた。そしてその下には、玄関ポーチの階段のところで、やはり昨夜と同じように悄然(しょうぜん)としているカイルがいる。

 リューイもまた、初めに大きなため息をついた。
「上手くいかなかったのか。」

 カイルはうな垂れたまま、リューイの顔を見ようともせずに首を振った。
「分かってもらえたんだけど・・・。」

 カイルがそう答えている間に、リューイは隣にきて静かに腰を下ろした。カイルは素直に今日あったことを話し始めたが、その間ずっと顔を向けてくれているリューイの目を見ることはなく、うつむいたまま喋り続けた。

 そして、最後にこう言った。
「僕は医者だって言ったら、また逃げられちゃったんだ。」

「なに? どういうこった、そりゃあ。」
「分かんない。それに、泣きながらもう来ないでって。」
「具合・・・悪そうなのか。」
「ちょっと様子を見ただけだから・・・よくは分からない。でも、胸痛や呼吸困難を起こして血を吐いたから、軽くはない。むしろ危険である可能性の方が・・・。」

 二人は、しばらく無言でいた。

 リューイはふと視線を上げた。目の前には延々と広がる草原があり、遠くに見える牧場の(さく)の向こうには、こんもりと(しげ)った森があった。

「で・・・。」と、リューイは言った。目は遠方へ向けたまま動かさなかった。「お前は言われた通り、その子をそのままにしておくのか。できるのか。」
「できない・・・。でも、会いに行ったらまた・・・。」
「逃げられるってか。ならやっぱり(あきら)めるのか? 見捨てるつもりか。」

 カイルは言い返さなかった。黙って、ずっと足元の野草を見つめている。

 リューイがそっとうかがうと、下を向いているカイルはぎゅっと口を()みしめていた。

 不意に強い風が吹いて、リューイのさらさらの金髪が掻き乱された。

「風が出てきたな。」
 前髪を無造作に後ろへ流しながら腰を上げたリューイは、カイルの肩に置いた手に少し力を込めた。
「分かってるなら、余計なこと考えて臆病になるな。晩飯、片付けられる前に入ってこいよ。」

 リューイは、カイルを残して背中を向けた。そしてドアノブに手をかけたが、カチャリといわせただけで引きはせず、「カイル・・・。」と、いつになく真剣な声で呼びかけた。
 カイルも振り向かなかったので、お互い背中で向き合ったまま、リューイは最後に言った。
「きっとお前だけだぜ。その子を助けてやれるのは。」

 蝶番(ちょうつがい)(きし)む音とドアの閉じる音がして、あとには吹き抜ける風と、(ひしめ)き合う木々の葉擦(はず)れの音が残るばかりになった。

 カイルは振り向いた。ドアを見ていた。風が夜気(やき)をますます冷やしたが、その冷たさが感じられなかった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み