23. 石碑の呪い

文字数 3,139文字

 カイルは夜空を見上げ、月と星明りを確かめた。
 不可解ではあるが、自分が感じられる呪いの程度、光を嫌うレベル、ほかの畑や牧場は無事であることなどを考えると、自分の手に負えないような強力なものではない・・・と推測(すいそく)できた。

 問題は方法・・・カイルはこのあいだ、同時に、記憶や精霊術の書を懸命に頭の中で(さぐ)っていた。なにしろ、これまでは、神精術によって呪いを解いていた祖父の助手でしかなかったのだから。しかも霊を操って殺人を犯そうとするものや、相手をただ衰弱死、つまり呪い殺そうとするものばかりだった。魔物を生み出して悪さをさせるような呪詛(じゅそ)になんて、思えば関わる機会はなかったんじゃないか・・・。

 それで、カイルはさらに黙考した。

 呪いを浄化しなければならないのは、わかる。でも魔物は・・・? 霊の場合は昇天が基本、ならば魔物は退治すればよいのだろう。しばらく悩んだ末、これまで精霊同士を戦わせた経験から、そういう結論に至った。

 さてプランを立てようと、カイルはまずレッドを見たが、首を振ってリューイに視線を転じた。それからギルに目をやり、エミリオにも目を向けてうなずいた。この三人なら、きっと大丈夫。

 一方、ほかの者は、カイルの説明があるのをただ黙って待っている。その世界 ―― 精霊のことや呪術などの人知を超えた超能力 ―― については無知であるため、意見も、指摘することもできないのだから。

 カイルはまた、少し月が見え隠れしだした夜空の明かりをうかがった。それから、仲間たちを振り返った。視線はいちおうレッドに向けられている。
「村の人たちを呼んできて。」
「もう寝てるヤツもいるんじゃないのか。」
 リューイが言った。
「うーん・・・でも、明日は確か祈祷祭(きとうさい)だよね。だから、夜中のうちにもう浄化してしまおうと思うんだけど、無断でやるわけにはいかないでしょ? この石碑(せきひ)も、(くだ)けてしまうことになるから。だからその前に説明をして、みんなに分かってもらわないと。それについて話したいこともあるし。」
 カイルはさらに、こんな言葉を付け加えた。
「あ、でも、魔物退治には光を利用したいから、儀式は(あかつき)にしようと思うんだ。」

 リューイはとりあえず了解して、背中を向けた。ところが、透かさず呼び止められた。

「ダメダメ、リューイにはやってもらうことがあるんだ。だから、レッドお願い。レッドは肩が心配だから。」
「そりゃどういう意味だ。」

 それでは俺は何をさせられるのかとリューイが声を荒げた時、不意に聞き慣れた女性の声が。

「ねえっ、そこで何してるのおっ。私も入れてよおっ。」

 下りてきた小さな丘の方を見ると、ランタンを持った若い女性が立っていた。
 シャナイアだ。

 レッドは手のひらで顔を覆った。
「遊びに来たわけじゃないんだぞ・・・。」
「それより、彼女なんでここにいるんだ。」
 寝てたんじゃないのか? と、ギルは首をひねった。

「でも、ちょうどよかったよ。彼女に頼もう。」
 そうして、暢気(のんき)に駆けて来たシャナイアにカイルが適当な説明をすると、彼女は頼まれたことをすぐに引き受けて、農家が集まる村落の中心へと戻って行った。

「それじゃあ・・・。」と言って、カイルは、シャナイアを見送っていた男たちの気を引いた。それから石碑を指差して、「まずは、これを皆で・・・」と、次に、延々と広がる草原の方へ指先を振ってみせた。「向こうの平坦(へいたん)な場所まで運んで。」

 見ると、暗くていまいち見定(みさだ)め難かったが、平坦な場所、つまり畑を超えたところまでということは、けっこうな距離があると分かっていた。
 だが、暗い中で顔を見合った男たちは、たいして問題にせずリューイに注目。

「見た目の重さだけで言えば、お前一人でいけそうだが・・・。」
 ギルが言った。
「この形と大きさからは、バランスがとり辛いだろう。」と、エミリオ。
「じゃあ四人でやろう。余裕だな。」
 肩を痛めていたレッド自身がそう言ったところで、四人は一斉(いっせい)に腰を落としたが、四隅(よすみ)から手をかけて力をこめると、誰もが意表を突かれた顔に。

 ギルの合図に合わせていちおう持ち上げようとしたのだが、簡単に浮かせることができたのは、リューイだけだったのだ。

「悪い、待ってくれ。」と、レッドはあわててリューイに言った。
「一回、下ろそう。」と、ギル。

 そしてまた顔を見合った彼らのうち、エミリオがカイルを振り返って言った。
「このままでは・・・いけないか。」
「だってここ僕が座りにくいし、上手く三角形も組めないし、下が畑だと、みんなも足を踏みしめられないでしょ。浄化を始めると、退治する前に魔物が出てくるかもしれないから。」
 これこそ意味不明な、そんな返事が返ってきた。
「けどこれ、めちゃくちゃ重いぞ。」
 そうぼやいたのは、なんとリューイである。
「うん・・・だと思う。呪いが染みついてるから。」

 やがて男たちの口からそろって漏れたのは、何か言いたげな重いため息だけだった。

「分かった。おおせの通りに。」

 ギルが応じ、彼らはもう一度それに手をかけたが、持ち上げて腰を伸ばすまでがまたひと苦労で、これには仰天(ぎょうてん)するほど。腰がへし折れかねない重量だ。だが男たちは、歯を食いしばりながらも歩きだした。歩調はいちおう安定している。そうして慎重に移動を続け、ようやく、指示された場所がどこかを見て取れるところまでやって来た。

「肩は大丈夫か。」
 リューイが囁きかけた。
「気にすんな。喋らない方がいいぞ。」
 レッドは声を押し出して答えた。

 カイルはついて歩きながら、「それと・・・。」と声をかけた。「あとで剣を三本貸してくれる? それで三角錐(さんかくすい)小結界(しょうけっかい)・・・というより、術空間(じゅつくうかん)を作るんだ。剣を持つ人がいるから、エミリオとギルと、あとリューイね。」

 何か言う者はいなかった。言おうとしたことが声にならないというのが本当だった。もうその頃には腕が(しび)れてきて、(ほお)が束の間ぴくぴくと痙攣(けいれん)することもあった。だが、平坦な場所を歩いている。それが実感できるようになると、不思議とどこからともなく力が湧いてきた。それが、限界ぎりぎりの腕や足腰(あしこし)(はげ)ましてくれた。

 やっとのことでカイルのお声がかかり、男たちは足を止めたが、次はバランスを保ったまま息を合わせて、ゆっくりと下ろしていかなければならない。急に力が抜けるような下手をすれば、誰かが大怪我(おおけが)をしてしまう。

「よし、下ろすぞ。」
 ギルが言った。
 合図が必要な時など、彼が自然と音頭(おんど)を取ってくれることを、もう仲間たちは理解して頼るようになっていた。
「リューイ、俺たちに合わせろよ。」と、レッド。
「了解。」
「足にも気をつけて。」
 エミリオが言った。
「ゆっくり、せーの・・・。」
 ギルのその声に合わせて徐々に腰を落としていき、どうにか、石碑を上手く平坦な草地に安定させることができた。

 その直後のこと。リューイ以外はみな、何よりもまず後ろに回った両手で、腰を押さえながら座り込んでしまった。

「ごくろうさま。」
 そう(ねぎら)いの言葉をかけたカイルは、ニコッとほほ笑んだ。それも今は、へとへとに疲れた男たちには、小悪魔にしか見えなかったが。




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