16. 人を避けるわけ

文字数 2,521文字

 フィアラがカイルのことを「不思議な人ね・・・。」と言ったのは、不思議と(いや)されてしまうから。だから彼に聞いてもらい、そして、素直になれば(なぐさ)めて欲しい、優しくされたいという気持ちにもなれたのである。

 フィアラは、まだ涙を(こら)えて話を続けていた。
「それで、私はそのおばさまに引き取られたんだけど、おばさまもその家族も、村のみんなも、誰も私の顔をまともに見ようとしないの。無理に作り笑って、気を使って・・・でも、避けようとする。口には出さないけれど、私はみんなの厄介(やっかい)者なのよ。」
「そんな、そんなの君の思いこみ・・・」
「いいの、分かってるの。みんなが私を避けるようになったのは、この気味の悪い痣のせいだけじゃないから。だって私・・・。」

 フィアラは、途中で口籠(くちご)もった。そして、戸惑いながらも考えた。自分の全てを話しても、彼なら分かってくれるかもしれない。本当に友達になれるかも・・・。彼なら・・・きっと受け入れてくれる。

「それで君は、村を飛び出してきたの?」
 フィアラが言葉を詰まらせているので、カイルはこだわらずに話を飛ばした。
「ええ・・・この森で暮らしていこうと思って。ここへは、村へ帰った時よりもずっと簡単に戻ることができたわ。」
「君の村って・・・最初にたぶん何時間もかかったってことは、ここを下ったすぐそこのじゃないよね?」
「ええ、カルノという反対側の村よ。もっと遠いわ。あなた、その村の人?」
「ううん、旅の途中で今だけ。」
「あ・・・そうなの。」

 これを聞くと、フィアラは彼に全てを知ってもらおうとしていたのを、思いとどまった。

「でも、この旅が終わったら、また会いに来るから。だから村へ帰ろうよ。みんなは避けてなんかいないよ。へんに気を使い過ぎてるだけだよ、きっと。今はぎこちなくても、時が経てば自然に ―― 。」
「カイル、いいのよ、違うの。みんな、私がいなくなってホッとしてるの。そんな人たちの前へ戻ることはできないわ。」
「なんだよ、それ。おかしいよ。それに、君のパパとママのお墓だってある場所だろ。」
「お願い、カイル。それ以上言わないで。」

 カイルは、フィアラがあまりに辛そうな顔をするので、ピタリと黙った。

「カイル・・・パパとママは、あそこにはいないわ。ここにいるの。私は、いつも感じてる。この沼にはね、あの日と同じ優しい風が吹くの。それが、パパとママよ。」
「でも・・・。じゃあ、リサの村へ行こうよ。僕たちが今、お世話になっている村。そこの村長さんは牧師さんだったから、その教えによってみんな平等を大切にしてて、とにかくいい人ばかりなんだ。だから、きっと君のことを普通に受け入れてくれるよ。森はこんなに近くにあるんだし、とにかく・・・ここに居ちゃダメだよ。」
「ねえカイル・・・その村の人たち、何か言ってなかった?」
 懸命に(さそ)っているカイルに、フィアラはその話を聞く様子も無く唐突(とうとつ)に言った。
「何を・・・?」
 カイルが首を(ひね)る思いで問い返すと、フィアラは悲しい微笑・・・自嘲(じちょう)の笑みを浮かべた。
「その村の人だと思うんだけど・・・私を見るなり血相を変えて、悲鳴を上げながら帰っていったのよ。きっと、魔物か何かと思ったんでしょうね。」
「それって・・・いつの話?」
「どれくらい前だったかしら・・・えっと・・・。」
「そうじゃなくて、それ・・・夕方とか夜じゃなかった?」
「ええ、そうよ。」

 カイルは理解した。その時、彼女はまた逃げたのだろう。(あか)りに照らされた一瞬のその顔は、彼女の言う通りに映っていても無理はなかった。

「ねえ、それなら尚更(なおさら)だよ。誤解を解かなきゃあ。大丈夫、僕がそばにいるから。だから今から行こうよ。」

 僕がそばにいるから・・・。フィアラは胸がキュンとし、その言葉が嬉しくて目に涙が滲んだ。

「よかった・・・聞いてもらって。ありがとう、少し気持ちが楽に ―― 」

 突然、フィアラが喋るのを止めた。言葉を続けることが、声自体が出せないようだ。カイルが驚いているあいだにも、みるみる様子が変わっていく。苦しそうに眉間(みけん)に皺を寄せたかと思うと、かがんで胸を押さえだしたのである。

「・・・うっ。」
 フィアラは片手をついて、横へ倒れかけた体を支えた。

「ど、どうしたのっ?」

 カイルは手を差し伸べようとした。だがその前に、フィアラは、今度は口を押さえて(せき)こみだしたが、最後の咳は尋常(じんじょう)ではなかった。

「君、病気っ。」
「なんでもないわ、たいしたことないのよ。」

 フィアラは、青白い顔に脂汗(あぶらあせ)を滲ませていた。浅い呼吸を繰り返してぜえぜえ言っていたが、しばらくすると徐々に落ち着いていき、持ち直した。

「ほら、もう大丈夫。」 
 フィアラはやっとのこと顔を上げて、ほほ笑んでみせた。

 だがカイルは、フィアラがさっと草の上に押し付けた手を見逃さなかった。その指の隙間(すきま)に見えた、鮮やかな赤色を。血・・・喀血(かっけつ)⁉ カイルは仰天(ぎょうてん)した。
 
「ねえ、症状は⁉ お願い、()せて! 僕、医者なんだ。」
「医・・・者? あなた、精霊使いで医者なの?」

 そう問いかけたフィアラの顔は、あからさまに動揺していた。カイルと見合っている目が一瞬泳いだのは、そのせいだ。

「そうだよ、だから、僕には霊能力があるから、触診で病状が分かるんだ。それで薬を調合してあげられる。」
「カイル、ごめんなさい。」
 フィアラがいきなり立ち上がった。
「もう来ないで、そのまま旅を続けて!」

 そして止める間もなく背中を向けると、フィアラは泣きながら行ってしまった。

「あ、またっ! どうしたの急に! もう分かんないよっ。」

 カイルは足を踏み鳴らした。今度は追いかけることができなかった。困惑して、何も考えられなくなってしまった。
 彼女の反応が理解できなかった。




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