38. 祈祷祭
文字数 1,991文字
地平線まで草原だけを見渡せる場所では、早くも馬に乗った子供たちが蹄 の音を轟 かせていた。競馬は最終種目で、子供の部と大人の部に分かれている。
祭りの競技は、射的、競馬、格闘(取っ組み合い)の正式には三種目。それに、まだ馬に乗れない幼子 たちの徒競走が、数年前から加えられていた。
射的が終わり、今は目の前で取っ組み合いが行われている。とはいえ、殴る蹴るの暴行は許されず、まさに掴 み合って払ったり、押し倒したりして、相手に膝 を付かせれば勝利というもの。
興味本位でリューイがこれに参加したがったが、その時、ギルとレッドが慌 てて止めさせた。競技をつまらなくする気かと。
戦っているのはクレイグとマット。互いの手をがっちりと握り合うところから試合は始まる。
両者の雄叫 びと、見物人の大きな声援が会場内の空気を揺さぶった。夜中の一件でどちらも傷を負っていたが、手加減も遠慮もこのさい無用。正々堂々、力の限り戦わなければ、由緒 ある伝統に傷をつけることになる。
猛猪 のように突っ込んできたマットを、クレイグは真っ向 からガシッと受け止めた。周りの男たちはさかんに腕を振りたて、好きなように叫び続けて、しきりに両者を煽 いでいる。
バーベキュー用の食材を切り分ける手伝いを終えたシャナイアは、目立たないように水車小屋の調理場を抜け出した。そして、小高い緑の丘から、柔らかい野草の上に座って、この麓 に作られたその競技場を眺めた。ここからちょうど、カイルを除いた四人の姿が見える。エミリオだけは相変わらず穏やかに目を細めているだけだが、ギルもレッドも、そしてリューイも、すっかり興奮している様子で、周りにいる村の男たち同様、しょっちゅう大口を開けては、腕をぶんぶんと振っていた。
シャナイアが一人きりでしばらくそうしていると、水車小屋の方からレイラがやってくるのが見えた。一時的に、彼女も抜け出してきたらしい。たぶん、私がいなくなったのに気付いてなのね、とシャナイアは悟った。
丘を上ってきたレイラは、シャナイアのそばにたどり着くと、ニコッと笑った。それから、隣に腰を下ろした。
「どう?この村の祭りは。」
「いいわ、とても。皆が一つになってる感じで。」
「夜が来ればもっとそう思うわ。私たちの絆 は深くて強いのよ。私はここが大好き。」
そう誇 らしげに笑いながら、レイラは騒がしい男たちの群れを見つめた。
「私、彼に助けてもらったわ。ほら、紫の目の。彼、すごく強いのね。」
「・・・そうみたい。」と、シャナイアは曖昧 に答えた。
「みたいって、知らなかったの?」
レイラは、呆れた、という目をシャナイアに向ける。
「剣を持ってるのは見ても、使ってるのを見たことはないのよ。あの時は暗かったし、そんな余裕なくて。」
シャナイアも奮闘していて、まさにそれどころではなかったのだが、この余裕がないという言葉は、彼女とレイラとでは意味が違っていた。だが、シャナイアはそう受け取るだろうと分かっていたし、とくに深く考えもせず言ったことだった。
「あなた、彼を好きになるわ。」
笑みを浮かべて再び競技の様子を見ていたレイラは、そのままで唐突 に言った。
「あら、言われるまでもないことよ。今だって大好きですもの。」
冗談めかして、シャナイアはそう返した。
すると、レイラはシャナイアの方を向いて、「愛するようになるってことよ。」と、笑顔のままサラッと言い、また丘の麓に視線を戻した。
シャナイアは一瞬、動揺した。
それで思わず、まじまじとレイラの横顔を見つめたが、レイラの方は、何でもないことのようにずっと笑みを浮かべて、麓を見ている。
割れんばかりの歓声が起こった。
反射的にシャナアが目をやると、ちょうど視線がギルにぶつかった。
その時、興奮したリューイに肩をばんばんと叩かれ、それに応えて顔を向けてきた彼のその少年のような表情に、シャナイアは瞬間ドキッとした。が、なぜかレイラに気付かれないよう横を向いた。
シャナイアは、そっとレイラの横顔を見た。
それに気付いてか偶然か、レイラは相変わらず同じ笑顔で、男たちを眺めたまま言った。
「だって、私たち似てるもの。」
レイラは、いつまでも笑っていた。
彼女は艶 やかな長い真っ直ぐな黒髪をしていて、マットな水色の瞳で、シャナイアも羨 むほどに美しいが、どうであれ、見えるところでは共通するものなど一つもなかった。
だが、シャナイアは何も返さなかった。ただ彼女の隣で、同じように男たちを眺めた。
祭りの競技は、射的、競馬、格闘(取っ組み合い)の正式には三種目。それに、まだ馬に乗れない
射的が終わり、今は目の前で取っ組み合いが行われている。とはいえ、殴る蹴るの暴行は許されず、まさに
興味本位でリューイがこれに参加したがったが、その時、ギルとレッドが
戦っているのはクレイグとマット。互いの手をがっちりと握り合うところから試合は始まる。
両者の
バーベキュー用の食材を切り分ける手伝いを終えたシャナイアは、目立たないように水車小屋の調理場を抜け出した。そして、小高い緑の丘から、柔らかい野草の上に座って、この
シャナイアが一人きりでしばらくそうしていると、水車小屋の方からレイラがやってくるのが見えた。一時的に、彼女も抜け出してきたらしい。たぶん、私がいなくなったのに気付いてなのね、とシャナイアは悟った。
丘を上ってきたレイラは、シャナイアのそばにたどり着くと、ニコッと笑った。それから、隣に腰を下ろした。
「どう?この村の祭りは。」
「いいわ、とても。皆が一つになってる感じで。」
「夜が来ればもっとそう思うわ。私たちの
そう
「私、彼に助けてもらったわ。ほら、紫の目の。彼、すごく強いのね。」
「・・・そうみたい。」と、シャナイアは
「みたいって、知らなかったの?」
レイラは、呆れた、という目をシャナイアに向ける。
「剣を持ってるのは見ても、使ってるのを見たことはないのよ。あの時は暗かったし、そんな余裕なくて。」
シャナイアも奮闘していて、まさにそれどころではなかったのだが、この余裕がないという言葉は、彼女とレイラとでは意味が違っていた。だが、シャナイアはそう受け取るだろうと分かっていたし、とくに深く考えもせず言ったことだった。
「あなた、彼を好きになるわ。」
笑みを浮かべて再び競技の様子を見ていたレイラは、そのままで
「あら、言われるまでもないことよ。今だって大好きですもの。」
冗談めかして、シャナイアはそう返した。
すると、レイラはシャナイアの方を向いて、「愛するようになるってことよ。」と、笑顔のままサラッと言い、また丘の麓に視線を戻した。
シャナイアは一瞬、動揺した。
それで思わず、まじまじとレイラの横顔を見つめたが、レイラの方は、何でもないことのようにずっと笑みを浮かべて、麓を見ている。
割れんばかりの歓声が起こった。
反射的にシャナアが目をやると、ちょうど視線がギルにぶつかった。
その時、興奮したリューイに肩をばんばんと叩かれ、それに応えて顔を向けてきた彼のその少年のような表情に、シャナイアは瞬間ドキッとした。が、なぜかレイラに気付かれないよう横を向いた。
シャナイアは、そっとレイラの横顔を見た。
それに気付いてか偶然か、レイラは相変わらず同じ笑顔で、男たちを眺めたまま言った。
「だって、私たち似てるもの。」
レイラは、いつまでも笑っていた。
彼女は
だが、シャナイアは何も返さなかった。ただ彼女の隣で、同じように男たちを眺めた。