36. リサの村の娘
文字数 2,261文字
やがてレッドの気配が無くなり、ギルも馬に別れを告げて出ようとした時、また入り口に人影が現れた。
そちらを向くと、今度の相手はおどおどとそばまで歩み寄ってきて、一度会釈 をした。ギルも軽く頭を下げながらほほ笑み返した。
薄茶色の髪を一つに束ねた、清楚 な感じの娘だった。年は自分よりも五つ以上は下、ちょうどカイルと同じくらいではないかとギルは思った。
ギルはこの時、ピンときた。それで、この娘は自分に用事があるのだろうが、気があるわけではないことは、すぐに分かった。
「何かききたいことでも?」
その予感がするために、ギルは笑顔で先にそう問いかけたが、彼女は今ひとつ思い切れない様子でいる。
「当ててみようか?」
そこでギルがにこりと笑ってみせると、彼女はもじもじしながら、やっと口を開いた。
「いえ、あの・・・あなたのお友達の・・・金髪で青い瞳の方は・・・あの方はどこに住んでいらしたのですか。あの方は、すべきことが済んだら故郷へ帰ると言っていました。もしご存知なら・・・。」
ギルは小屋の、ちょうど今いる場所の真横にある大きな低い窓の向こう側で、ちらちらと見え隠れしている不審な姿に、少し前から気付いていた。が、その者が何ゆえ、何もないそこに、そうしていつまでもしゃがみ込んでいるのかを理解したのは、この時になってのことだった。
ギルはその姿に気付かないふりのまま、「なぜ?」と問い返した。
「私、いずれはこの村を出るつもりなんです。この村の人達は大好きだけど、ほかの場所にも行ってみたい。それで、彼の住む土地を見てみたくなったんです。」
娘は耳の先まで真っ赤になりながら、そう答えた。それは嘘ではないのだろう。だがその様子は、ともすれば、それ以上のことをも考えられるものだった。
「なるほど。でも、どうして俺に? 本人にはきかなかったのかい?」
「ききましたけど、冗談ばかり言われるんです。アースリーヴェの森の奥地とか、友達は虎 や豹 などの動物ばかりで、よく取っ組み合いをして遊んでいたとか。」
「はははは・・・いや、ごめん。」
ギルは、リューイがとても嬉しそうに、雛鳥 を見せてもらったと話していたのを聞いていた。とはいえ、彼はその言葉を知らなかったので、指先でその大きさを表してみせながら、黄色くてふわふわしたやつと表現した。その時一緒にいたという娘のことも聞いていたので、ギルにはすぐにピンときたが、どういうわけか、彼女がこれほどリューイに思いを寄せてしまっているとは・・・ギルは思案した。
ギルはチラと窓の外に横目を向け、それから言った。
「お嬢さん、赤バラの花言葉はご存知ですか。」
唐突 なその質問に、娘は首をかしげる思いだったが答えた。
「ええ。情熱・・・ですわ。」
ギルは一度うなずいて、付け加えた。
「それに、愛する。熱烈な恋。それが赤いバラの花言葉です。」
「よくご存知なのですか。」
「使えそうなものに限りね。口説 き文句に。」
娘はくすりと笑った。
ギルもほほ笑んで話を続けた。
「モナヴィーク地方の北の森バルンには、バラの花言葉にまつわる、こんな物語があるそうです・・・聞いてみませんか。」
「ええ。ぜひ聞かせていただきたいわ。」
風が吹きぬけ、木々の涼しそうなざわめきが聞こえた。
ギルはそこで、再び外に目をやった。それから、わざと視線をそのままにして、語りだした。
「満月の三日前のことでした。森の茂 みに、輝くように美しい青年が、さも気持ち良さそうに眠っていたのです。そこを偶然通りかかった一人の少女は、たちまちその青年に恋をしてしまいました。目を覚ました彼を家へ誘い、二日共に過ごしました。その頃にはもう、彼女は身寄りのない彼のことを、とても愛しく思うようになっていました。ところが、彼の方は、翌日の満月の夜に突然別れを告げたかと思うと、風のように、すうっと森の中へ消えてしまったのです。」
ギルは一度少女に視線を戻し、それからまた窓の外を見た。
「彼女は追いかけました。彼はきっと、あそこのお方に違いない。誰も行き着いたことのない古 の、北のあの庭園のお方に。行こう。北へ・・・北へ。ところが、森の木々たちが、植物の精霊たちが邪魔をします。行ッテハイケナイ。彼ハ違ウ世界ノ人。サア、来タ道ヲ戻ッテ。彼ハ届カヌ人。彼女は耳を塞 ぎ、そのまま足を進めました。北へ・・・北へ。」
彼の語り口調はあまり感情的ではなかったが、つい聞き惚 れてしまう魅力的な声をしている。
その声音 と物語に、娘は静かに耳を傾 けていた。途中、何を問うこともなく。
「しかし、これぞと思った道は、そのうち、深い溝 や高い段差などにも阻 まれてしまいます。誰モ触レルコトハデキナイ。ソレハ、彼ガアマリニモ自由デ、無垢 デ、広大ダカラ。彼女の手は泥まみれになり、足は傷だらけで、そうして彼女が疲れ果てて身も心もぼろぼろになった頃、それを哀 れに思った森の神のご加護があったのか、やっと彼女は北の庭園にたどり着くことができました。そして、花のアーチの門前 には、一人の青年が立っていました。」
そこで、ギルがまた彼女を見ると、その目にはっきりと、これに引きつけられている様子がうかがえた。
そちらを向くと、今度の相手はおどおどとそばまで歩み寄ってきて、一度
薄茶色の髪を一つに束ねた、
ギルはこの時、ピンときた。それで、この娘は自分に用事があるのだろうが、気があるわけではないことは、すぐに分かった。
「何かききたいことでも?」
その予感がするために、ギルは笑顔で先にそう問いかけたが、彼女は今ひとつ思い切れない様子でいる。
「当ててみようか?」
そこでギルがにこりと笑ってみせると、彼女はもじもじしながら、やっと口を開いた。
「いえ、あの・・・あなたのお友達の・・・金髪で青い瞳の方は・・・あの方はどこに住んでいらしたのですか。あの方は、すべきことが済んだら故郷へ帰ると言っていました。もしご存知なら・・・。」
ギルは小屋の、ちょうど今いる場所の真横にある大きな低い窓の向こう側で、ちらちらと見え隠れしている不審な姿に、少し前から気付いていた。が、その者が何ゆえ、何もないそこに、そうしていつまでもしゃがみ込んでいるのかを理解したのは、この時になってのことだった。
ギルはその姿に気付かないふりのまま、「なぜ?」と問い返した。
「私、いずれはこの村を出るつもりなんです。この村の人達は大好きだけど、ほかの場所にも行ってみたい。それで、彼の住む土地を見てみたくなったんです。」
娘は耳の先まで真っ赤になりながら、そう答えた。それは嘘ではないのだろう。だがその様子は、ともすれば、それ以上のことをも考えられるものだった。
「なるほど。でも、どうして俺に? 本人にはきかなかったのかい?」
「ききましたけど、冗談ばかり言われるんです。アースリーヴェの森の奥地とか、友達は
「はははは・・・いや、ごめん。」
ギルは、リューイがとても嬉しそうに、
ギルはチラと窓の外に横目を向け、それから言った。
「お嬢さん、赤バラの花言葉はご存知ですか。」
「ええ。情熱・・・ですわ。」
ギルは一度うなずいて、付け加えた。
「それに、愛する。熱烈な恋。それが赤いバラの花言葉です。」
「よくご存知なのですか。」
「使えそうなものに限りね。
娘はくすりと笑った。
ギルもほほ笑んで話を続けた。
「モナヴィーク地方の北の森バルンには、バラの花言葉にまつわる、こんな物語があるそうです・・・聞いてみませんか。」
「ええ。ぜひ聞かせていただきたいわ。」
風が吹きぬけ、木々の涼しそうなざわめきが聞こえた。
ギルはそこで、再び外に目をやった。それから、わざと視線をそのままにして、語りだした。
「満月の三日前のことでした。森の
ギルは一度少女に視線を戻し、それからまた窓の外を見た。
「彼女は追いかけました。彼はきっと、あそこのお方に違いない。誰も行き着いたことのない
彼の語り口調はあまり感情的ではなかったが、つい聞き
その
「しかし、これぞと思った道は、そのうち、深い
そこで、ギルがまた彼女を見ると、その目にはっきりと、これに引きつけられている様子がうかがえた。