二十
文字数 848文字
「先生は万人が一致して正しいと認めるような事実を、ご存知でしょうか」
「わしは、そんなことは知らないよ」
「それでは先生は、自分が知らないということを、ご存知でしょうか」
「それも知らないね」
「それでは、いっさいのものは、何もわからないということになるのでしょうか」
すると、王倪は答えた。
「それも、わしにはわからんよ。だが、せっかくだから、いちど試しに言ってみよう。
自分で知っていると思っていることが、実は何も知っていないことであったり、反対に、自分では知っていないと思っていることが、案外に知っていることであったりするものだ。
それでは、お前にたずねてみよう。人間は湿気の多いところで寝起きすると、腰の病気が出て、半身不随になって死んでしまうが、
また、人間は高い木の上に住んだりすると、ふるえあがって怖がるが、
人間、鰌、猿のこの三者のうちで、どれがほんとうの
人間は家畜の肉を食い、
この四つのもののうちで、どれがほんとうの味を知っていることになるのだろうか。
猿は
ところで、
わしの目から見れば、世間でいう仁義のけじめや、是非の道すじなどは、わけがわからないほどに混乱しており、わしにはさっぱり区別がつかないよ」
── この出だしがたまらない。
「ご存知ですか」「知らないよ」「では、これは?」「それも知らないね」
これなんて、ソクラテスの「無知の知」だ。
ほんとうのこと(大切なこと)を、わたしは知らない、という…
これだけで、もういいんだよ。