文字数 813文字

 南海の帝を(しゅく)といい、北海の帝を(こつ)といい、中央の帝を混沌(こんとん)という。

 あるとき儵と忽が、混沌のすむ土地で出会ったことがある。
 主人役の混沌は、このふたりをたいへん手厚くもてなした。

 感激した儵と忽は、混沌の厚意に報いようとして相談した。

「人間の身体には皆七つの穴があって、これで、見たり聞いたり、食ったり息を出したりしている。ところが、混沌にはこれがない。ひとつ、穴をあけてあげてはどうだろうか」

 そこでふたりは、毎日一つずつ、混沌の身体に穴をあけて行ったが、七日目になると混沌は死んでしまった。

 ── 何とも、何ともいえない小篇である。何か、胸に迫るものがある。
 人間を、あたかも地上の勝利者── あらゆる生物のうち、最も秀でた生物とするところから、この物語、始まっていると思う。

 儵も忽も、人間ではない。人間の象徴である。
 かれらは、この地で出会い、木の実や果実、雨、晴れ、木々、総じて「この身を養ってくれるもの」すなわち自然、天然である「混沌」君に、心から感謝したのだ。

 ふたりは心からの謝意を表わそうとした。
 だが、その規範、模範となるべきが人間であった。ここにふたりの大いなるカン違い、取り返しのつかないあやまちがあった。

 人間のように七つの穴をつくってあげよう。人間の姿に似せて。まるで神の姿に似せて、神が人間をつくるような所作だ。

 だが、神も人間も、この世の造物者ではないのである。

 斯くして混沌、息絶えた。儵と忽の運命、いわずもがなである。現在に置き換えれば、さしずめ恐ろしいスピードで行われた環境破壊か。

 さて、これで「荘子」内篇の全篇が終わる。
 外篇も面白いけれど、内篇だけでいい修養になった。ここ一ヵ月余りの、必要だった時間をやり過ごすという、いい暇乞いになった。
 頭の中、気持ちに生える二本の足の、進んで行きたい方向性の見つめ直し、自己内の混沌の整頓でもあった。あまり、何も変わっていないかもしれないが…。
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