第二四部「繭の影」第3話(第二四部最終話)
文字数 8,902文字
明応七年。
西暦にして一四九八年。
寿嶺が高柳家に嫁いですでに二年。
娘が産まれる。
名は寿斎。
翌年には次女、寿刹が産まれる。
永正一〇年。
西暦にして一五一三年。
寿斎が婿養子を迎え入れると同時に、寿刹は嫁へ。
翌年、寿斎に娘が産まれる。
名は寿子。
他に子供が産まれないまま、十数年。
寿子は婿養子を迎える。
跡継ぎが産まれないままに五年。
天文五年。
西暦にして一五三六年。
寿子は母の寿斎に養子を迎えることを持ち掛ける。
「……どうやら……私は子種には恵まれないようです。養子も思案すべきかと…………」
寿斎も寿子に跡継ぎが出来ないことは案じていた。
「そうですか……さすれば大婆様にも御相談をせねばなりませんね…………」
しかしその大婆、寿嶺がその日に突然倒れ、翌日に亡くなる。
その遺言は、
〝 高柳家の血筋を決して絶やしてはならない
血筋は必ず女系にて引き継ぐ事 〟
その頃、御陵院神社では騒動が持ち上がっていた。
雄滝湖の湖底から二つの水晶が見付かる。
原石ではない。
磨かれた状態の二つの水晶。
御陵院神社の現当主、憂紀世はすでに齢五六。
金櫻家の血筋を引き継いだとされていたが、実際には養子であることを知っているのは母の麻紀世と憂紀世本人だけ。真実を知る人間の記憶は麻紀世によって書き替えられていた。
それでも麻紀世が憂紀世にだけ真実を語ったのには理由があった。それは是が非でも憂紀世に〝金櫻家の血〟を探させる為。必要が無いと思われては、その時点で御陵院家は金櫻家を見失ってしまう。麻紀世はそれを恐れた。
その麻紀世もすでに齢は九〇。すでに何年も病床に伏せったままだった。
憂紀世にはすでに跡取りとなる娘が三人。
麻紀世は長い期間に渡り、憂紀世に〝金櫻家の血〟を探すように指示を出していたが、結局見付からないまま。
しかし雄滝湖で見付かった水晶にただならぬものを感じた憂紀世は、数日を掛けてその水晶が何物なのか祈祷で調べていた。
「雄滝湖で見付かりし水晶の事…………見させて頂きました…………どうやら金櫻家に関する物と見て間違いはないかと…………」
病床に伏せっていた麻紀世が震える体を起こした。
荒い息のまま。
「……ようやった憂紀世…………そこには何が見えた?」
身を乗り出す麻紀世に、憂紀世が言葉を返す。
「……金櫻家の血は……とある武家に引き継がれておりました」
そして、麻紀世が叫ぶ。
「……そこは…………そこはどこだ‼︎」
高柳家で寿嶺が亡くなったのは、この翌日の事。
同じ日、御陵院神社で、麻紀世も天寿を全うする。
寿斎と寿子が跡継ぎの事を思案して二月。
御陵院家の人間が高柳家を訪れる。
すでに葬儀の終わった麻紀世の命を受けて来たのは御陵院家の現当主、憂紀世。
突然の巫女姿の神職の人間の訪問に、当然寿斎と寿子は驚いた。豪商として地元の神社との関係性は古くからあったが、全く見知らぬ土地のしかも憑き物専門の神社。当然繋がりなどあるはずが無い。
「高柳家の血筋について御伺いしたい」
あまりに予想だにしないその要件に、驚いたフネも小さく返すだけ。
「……血筋…………ですか……」
「左様。我等清国会に於いて至極重要な事柄との〝予見〟が出ております」
「清国会とは……」
当然知るはずもない。国を動かすような諸大名ならいざ知らず、武家とは言っても一介の武士に過ぎない高柳家が知るはずも無かった。
それでも目の前の巫女が訪ねてくる。意味が分からないままに、寿斎は知り得る限りの歴史を話した。
憂紀世は黙って話を聞いた。
「つまり……現在は御世継ぎ問題に御困りの御様子…………」
「はい……神の御力でも御借りしたいところではありますが…………」
その言葉に、憂紀世は焦った。
──……このままでは金櫻の血が絶たれぬやもしれぬ…………
──…………母上の為にも…………
「我等……清国会が何とかいたしましょう…………」
そして後日、憂紀世は寿斎と寿子を御陵院神社に呼び出した。
そこには、拐ってきたばかりの赤子。
女の子だった。
祭壇の前に寿子と赤子を寝かせる。
それは御陵院神社に伝わる〝秘儀〟────憑き物専門の神社だからこそ伝わるもの。
麻紀世から受け継いでいたものだった。
松明の炎が激しく揺れる中、憂紀世は背後に三人の娘を従え、呪禁を唱え始めた。
寿子は恐怖と共に、まるで意識が遠くなるかのような感覚を覚える。
体はまるで動かず、目を開けることすら叶わず、かつ周囲の音が次第に耳から離れていった。
総ての感覚が奪われてしまったかのような、感じた事のない世界の中で、体の中を何かが駆け巡っていく。
気持ちが悪かった。
体が冷たい。
急激に体の中から何かが吸い取られた。
やがて秘儀が終わった時、寿子は息絶えていた。
祭壇の前で、それまで静かだった赤子が泣き始めると、寿斎が駆け寄る。
「……この子が…………この子が…………」
寿斎は大きく体を震わせていた。
その耳に、額から汗を滴らせる憂紀世の声。
「寿子様の血は……赤子へ…………」
秘儀は成功した。
しかし、母体は命まで吸い取られた。
寿斎が喜んだとしても、これでは綱渡りにしかならないことは憂紀世にも分かる。
──……寿斎様が亡き後は金櫻の血は一人だけ……誰かに奪われたら終わり…………
──……よもや命を落とせば…………総てが終わる…………
──…………やっと見付けた血だぞ…………
そして御陵院、強いては清国会は、金櫻家の本当の血を密かに守っていくことを決意する。
そうするしかなかった。
それが、何世代にも渡って繰り返されていく。
☆
広い座敷に通された。
そこが屋敷のどこなのかも分からないほどに、高柳家は広い。
長い歴史の中で、その地にとって有力な地主。ただ土地を持っていたというだけではないだろう。様々な形でこの地に影響を及ぼしてきたに違いない。
良くも悪くも、ここで生きてきた一族。
それが高柳家の歴史。
萌江と咲恵、そして西沙の三人が操を伴って訪れた時はすでに夕刻。
僅かに傾きかけた陽の光が空の色を変え始める時間。真冬より夜の訪れは遅くなっていたが、それでもまだその足は早い。
最近新しくしたばかりに見える畳の香りに包まれる広い部屋。時間と共に肌寒くなってきた外の空気を遮るように、使用人の一人が障子を閉め、直後に影に包まれた部屋を蛍光灯が照らす。それでも障子越しの夕陽が全員の顔に影を作った。
萌江を挟むように咲恵と西沙、三人が座る。
正面には操と、その娘、優花。
操は疲れて瞼の腫れた状態のままではあったが、それでもだいぶ落ち着いていた。もちろん無理をしている部分はあるのだろう。養子とはいえ、娘の前で気丈に振る舞おうとするためか、膝の上で重ねた手が僅かに震える。
何度か口を開き掛けた操に向けて、隣の優花が口を開いた。
「母上……今日は何用でございますか? この方々は…………」
当然の反応だった。
日頃、萌江たちのようなラフな服装の人間が訪れるような家でもないだろう。まして西沙のようなゴスロリファッションなど見たこともない可能性のほうが高い。
しかも母である操よりも明らかに若い客など、その繋がりを想像出来るほうが不自然だ。
疑問だらけの優花に、操はゆっくりと返していく。
「はい……以前から話している……養子の件です…………」
益々優花に理解など出来るはずもない。それでも優花はあからさまに表情を曇らせた。日頃から何度も出ているであろうその話題に、明らかに嫌悪の態度を見せる。
「……それは…………それに関してはお断りしたはずです…………」
その言葉に、操が膝の上の両手を強く握った。
そして、小さく声を張る。
「これは話しておかなければなりません…………あなたも…………あなたは、養子なのです」
優花の瞼が、ゆっくりと、開かれていった。
一瞬動きを止めたその目が、泳ぎ始めた。
「…………母上…………」
何をどう返せばいいのか、想像していない母の言葉に、優花は気持ちが定まらない。
そのまま、操が続ける。
「……そして…………私も養子でした…………」
「…………そんな…………」
「大婆様がどうかは分からないそうですが…………我が高柳家は呪われていると…………遥か先代から伝え聞いているそうですよ…………おかしな話でしょ…………」
操は口元だけに笑みを浮かべていた。
まるで気でも触れたのかと思わせるその横顔に、優花が驚愕の表情を向ける。
優花は何も言い返せずにいた。
押し寄せる波のように、何度も想像だにしない言葉に襲われ、理解が追いつくほうがおかしいだろう。
その時、障子の向こうの長い廊下から足音。
使用人が開けた障子の向こうには、大きな茶封筒を持った、杏奈の姿。
そして、その表情は硬い。追いかけてきたということは、報告の出来る情報を持ってきたということ。その情報がまとまったということでもある。
「……お待たせしました。〝全血交換〟についてご説明します…………」
優花にとっては再びの初めての言葉。
目の前で何が起きているのか、それはすでに理解の範疇を超えた。
その唇が小刻みに震える。
杏奈は西沙の隣に正座をすると、軽く頭を下げてから口を開いた。
「娘さんも、操さんも、もっと前から……清慈愛治療院で全血交換は代々行われてきました。裏情報ですが事実です」
毅然と話す杏奈に対し、操が視線を落とした。
自分がどうかは知らなかった。
しかし、優花に関しては、知っている。
──……やっぱり…………私も…………
杏奈の言葉が続く。
「正確には全血輸血とか交換輸血と言うそうなんですが、確かに治療法としては正式にあります。しかし現在は血漿交換療法というより安全な形に置き換わっています。そして問題は、最初に高柳家でこの治療が行われたのが明治の極めて初期だったということです。あの時代には無かった医療行為です……闇医療だったと思われます。技術的に完全に血を交換出来たとは思えません。もしかしたら後遺症に苦しんだ人もいるかもしれません……総ての血を完全に入れ替えるなんてあの時代には不可能だったんです。しかも母親と同じ血液型の養子を見付けたとしても…………」
すると、操が顔を伏せたまま。
「…………明治からですか…………それじゃあ……私も…………」
操は言葉を詰まらせる。
もはや確かめる必要もない。突き付けられる現実を噛み締めるだけ。
「これが……清慈愛治療院の記録です…………」
杏奈は横に置いていた茶封筒から大きく引き伸ばした写真を数枚取り出して並べた。それは素人目に見ても、病院のカルテの写真。
杏奈が言葉を繋げる。
「闇医療とは言っても、元は真面目なお医者さんなんでしょうね。念のためにカルテは残してくれてました…………血液交換を始めてすぐに軽度の拒絶反応が見られて、すぐに施術は中止したそうです…………でも、そんなこと言えなかったと、最初に施術を行った主治医の岡安晃一郎は言っていたそうです……全員ではないそうですが、優花さんの時も拒絶反応が見られたために中止されています……現在の主治医の、お二人もご存知の憲一さんから数時間前に確認を取りました……晃一郎さんのお孫さんです…………」
そして、杏奈はスマートフォンを取り出すと、指を滑らせる。
途端に聞こえる呼び出し音が、部屋中に響いた。
その音が切れ、それに杏奈の声。
「お待たせしました。後はお願いします」
するとスピーカーから帰ってきたのは、毘沙門天神社にいる雫の声だった。
『──みなさんお疲れ様です。これから、私の見てきた高柳家と清国会についての繋がりを説明します。高柳家に嫁いだ女性────寿嶺は、スズの娘で間違いありません。最初の唯独神社で青洲との間に産まれた子供です』
「────何の話を────」
思わず言葉を挟んだのは操。
その操を制したのは萌江。
「聞いて……操さんも優花さんも……二人にも〝呪い〟を受け入れてほしいの…………」
スピーカーからの雫が続ける。
『もちろん清国会は最初その存在を知りませんでした。寿嶺は高柳家で二人の娘を産みます。そして雄滝湖で水晶が見付かった直後に……寿嶺が亡くなっています…………その後から高柳家の不妊の歴史が始まっていました。その水晶を理由に御陵院家が高柳家に関わるようになります。水晶を糸口にして〝金櫻家の血〟が見付かったってことでいいと思います。それからは祈祷で血を入れ替え続けたようですが…………それがどういうものなのかは私では分かりませんでした…………そして御世が明治に意識操作をした時点で、一度清国会の歴史から高柳家は切り離されています……御世が望んだことだったんでしょう……でも古くからの〝仕来たり〟だけが残ったようですね……もしも清慈愛治療院が全血交換の提案をしなければ…………呪いはもう終わっていました…………』
雫の言葉が止まる。
静かになった。
それを破るのは咲恵の声。
「ありがとうございました雫さん。お陰で総て繋がりました……後はこちらで…………」
『よろしくお願いします』
雫の側から通話を切る音がした。
すると、咲恵が目を閉じる。
「……萌江…………後は、お願いしていいのね…………」
小さな、僅かに震えるその咲恵の言葉に、隣の萌江がゆっくりと返した。
「うん…………迷う必要はないよ…………総て見えた…………総て感じたよ…………さすが雫さん」
そして萌江は、小さく息を吐いて続ける。
「つまり…………全血交換なんかするもっと前、ずっと前から、養子を取り続けてきた……最初は、つまり分かりやすく言うと〝おまじない〟みたいなもので血を繋いできたみたいだね。あんな時代に注射針ってわけでもないだろうし」
「……おまじない…………」
操が無意識に呟く。
萌江はそれにすぐに返した。
「そう……おまじない…………漢字で書くと〝呪い〟と同じ字を使う…………〝呪い〟も〝お呪い〟も中身は同じものなんだよ」
顔を上げた操が目を見開く。
なおも続く萌江の声。
「〝祈り〟は〝まじない〟……それは〝呪い〟とも言う…………でもさ…………祈っただけで全身の血の交換なんて、出来るわけないじゃん」
予想外な萌江のその言葉に、操と優花は呆然とする。
萌江は声のトーンを上げた。
「〝呪い〟ってさ、所詮は人が作るものなんだよ……祈って血の交換が出来るなら、こんな簡単な話も無い────ありえない…………すでにその時点で血は途絶えてたんだよ。結論はそれだけ。それなのに仕来たりのために闇医療を続けてきた…………事実としてあるのは、実際に不妊が続いたこと……それが〝呪い〟なのか、ただの〝精神的な思い込み〟なのか……それは私でも分からない…………大事なのはそこじゃない」
操の体が震える。
操はなおも続く萌江の声に、空気が変わるのを感じた。
「馬鹿げてるよね。遥か昔に血筋なんて終わってたのにさ。何を守ってきたの? ねえ操さん。あなたも……あなたのお母さんも……そのまたお母さんだって────」
萌江の気持ちが揺れる。
──…………私は……?
「…………誰も……お腹なんか痛めてないじゃない!」
──……………………私だって………………
「……みんな他人の子を育ててきただけじゃない‼︎」
「────優花は私の娘です‼︎」
咄嗟に、操は叫んでいた。
「ずっと私が育ててきました! 産んでなくても育てたのは私です! 母親として私が育てました! 子宮で感じるんです! 優花は私の娘です‼︎」
頬を流れる涙も拭わずに、操は叫んでいた。
その操を見ながら、目を細めた萌江が立ち上がる。
そして、小さく呟いた。
「…………ごめんね………………」
その声は一転して柔らかい。
萌江はゆっくりと畳を歩き、優花の背後に回る。
「…………操さんの口から、それを聞きたかったんだ…………」
膝を落として、萌江は優花を両腕で包み込んだ。
左手には〝火の玉〟。
その水晶を優花のお腹に当てる。
「辛かったね…………人は今を見ることしか出来ない。過去も未来も見れない。でも、だから生きてるんでしょ。過去を未来に繋げるためにね…………」
萌江のその言葉に、優花の頬を、無意識に涙が流れていく。
何も考えられなかった。
萌江の言葉が続く。
「私はね……未来を掴むことが出来るの…………あなたは今、子宮で感じてるはず。暖かくなってきたでしょ…………元気な赤ちゃんが産まれるよ。女の子だけじゃない。男の子も。ここからどんどん未来に繋げていくの。あなたがね…………」
その光景に、向かいに座る咲恵は膝の上の手を握りしめていた。
微かにその手が震える。
それに気付いたのは西沙。
その西沙の呟きが咲恵の耳へ。
「……大丈夫だよ…………咲恵が信じなくて誰が信じるの?」
西沙も咲恵と同じものを感じていた。
──…………削れてる…………
萌江は震える優花を抱きしめたまま。
「あなたはこれから母親になる……心配しないで…………今までお母さんからもらった愛情を…………そのまま注げばいいだけ…………」
そして萌江はゆっくりと立ち上がり、咲恵と西沙の間に戻った。
すぐにその手を、震える咲恵の手が握る。
それでも萌江は続けた。
「……まあ信じろって言っても、信じてもらうしかないんだけどさ…………私は〝命を創り出すこと〟が出来る…………今年の七月に妊娠が分かるよ」
操と優花が顔を上げる。
そこにはあるのは、もはや悲しみの涙だけではなかった。
萌江の言葉が二人を包んでいく。
「男の子。操さんが服を作り始めるんだよね……今は色んなのが売ってるからって優花さんが言っても操さんは聞いてくれなくて…………でも優花さんは嬉しいんだよね…………」
萌江の笑顔に涙が浮かぶ。
「でもこれだけは忘れないで…………この世界には、血の繋がりより大事なものがある…………操さんと優花さんなら分かるよね」
萌江が咲恵の手を握り返した。
そして、優花も、母の操の手を握っていた。
☆
咲恵の運転する車には助手席の萌江だけ。
西沙は杏奈の車で帰路に着いていた。元々帰る場所が違う。西沙と杏奈は今回の依頼の資料をまとめるために相談所へ。同時にカルテの写真も早々に処分しなければならない。さらには御陵院神社への結果報告。
萌江と咲恵は真っ直ぐ唯独神社へ。
その二人は、ずっと無口なまま。
しばらく走ったところでその均衡を最初に崩したのは咲恵だった。
「あなたは自分の命を削った…………それがどういうことか分かってる?」
重く、厳しさを伴う声だった。
萌江も咲恵にごまかしが効かないことは分かっている。対になる水晶を持った咲恵に見えていないわけがない。咲恵だけではなく、西沙が気付いていることも分かっている。
萌江は、咲恵にあくまで柔らかく応えていた。
「……誰からもらった力なのかは分からないけど…………それには必ず意味がある……だから私の中の御世があの家族を探してた…………」
萌江の中にある力。
それは〝命を創り出す〟もの。
何となく気付いていた。しかし萌江自身も明確にその力を感じられてきたわけではない。少しずつ、少しずつ、何かが萌江の中で膨れ上がってきていた。
だからこそ、スズは萌江を葬るべきだと感じ、ずっとそうしてきた。
しかし萌江の母である京子に阻まれた。
〝 あなたにも大事な人がいるでしょ……
そしてあなたにはまだやることがあるはず……
行きなさい…………総て終わらせて 〟
京子のその言葉が萌江に確信を持たせた。
スズが京子と共に萌江を葬れなかったのは、萌江の持つ〝力〟のため。
──……〝力〟は……お母さんから…………?
萌江はそう考えていた。
──…………お母さんも……子供を産めない体だったのに、私を産んだ…………
──……だったら………………私は………………?
咲恵も言葉を選ぶことに慎重になっていた。
萌江が分からずに行動しているわけがない。そんなことは咲恵にも分かる。それでも気持ちをぶつけないわけにはいかなかった。落ち着こうとする感情が騒つく。
それでも、出てくる言葉は少ない。
「……ホントに……バカよね…………萌江は…………」
雨は降っていない。
それでも街灯や信号の灯りが滲んで見えた。
「……かもね…………でも私は、99.9%……呪いなんか信じない…………」
「でもね…………」
咲恵は言いながらハンドルを握る手に力を込める。
「あの家族は救えた…………しかも私たちに無関係な人たちなんかじゃない……解放することが出来た…………でも……萌江の命が削れたのも感じた…………」
「分かるよ……言葉で説明の出来ない感覚…………咲恵に怒られることも分かってたのに…………」
「怒ってるよ。でも私には止められない…………萌江じゃなきゃ、あの家族は助けられなかった……」
少し不安げに、それでも確信を持って萌江はその咲恵の横顔に視線を送った。
──……咲恵なら…………大丈夫………………
その咲恵の口が再び開いた。
「まだ、あなたの中に御世はいるの?」
「依代とは違うみたい…………御世の〝想い〟みたいなものが残ったのかな…………」
「………萌江に何かあったら…………」
「……何か…………あるのかな…………」
萌江は、思わず呟いたその言葉を、すぐに後悔した。
☆
永正九年。
西暦にして一五一二年。
高柳寿刹が一四の歳に嫁として嫁いだ先は、神社だった。
美しさの中にある冷たさ。
年齢の割に大人びた、そんな印象を感じさせる娘だった。
やがて、形だけの巫女が少しずつ頭角を現し始める。
いつの間にか、誰もが平伏す存在へとなっていた。
一〇年後、その神社は〝唯独神社〟と名を変える。
「かなざくらの古屋敷」
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