第二一部「堕ちる命」第1話
文字数 8,453文字
秋が深い。
紅葉した葉が落ちていく中、赤く染まった山々。
そんな山々の中に〝毘沙門天 神社〟はある。
そこに、連日連夜張り付いていた西沙 がいた。
祈祷 を続けてすでに五日目。
だいぶ陽が短くなってくる時期ということもあるが、暗くなっても祈祷 は続けられていた。
そこは〝蛇の会〟の拠点として守られている所でもある。西沙 の〝幻惑 〟の能力が中心となっていた。その能力の高さから、決して清国会 に見付かることはない。
それを最大の利点として西沙 は清国会 の歴史を探っていた。今まで清国会 が護 ってきた裏七福神としての神社を調べてきたが、その残りは〝蛭子 〟と〝大黒天 〟を残すのみ。
蛭子 神社は一度行ってはいたが、その牙城 はまだ崩していない。おそらくは裏七福神としては頂点に位置すると思われた。
一番謎の場所はむしろ大黒天 のほうだった。その場所は立坂 のまとめた資料にも詳細は載っていない。分かるのは名前と痕跡だけだ。どうしてもその存在の場所を見付けることが出来なかった。大黒天 は元々インド・ヒンドゥー教の戦闘を司 る神。清国会 がその存在を無視するとも思えない。しかも清国会 は裏七福神を冠した神社に何かしらの意味を持たせてきた。必ずどこかにあるだろうと蛇の会も考えていた。
──……歴史の中に……何かあるはず…………
西沙 はそう考えた。それでも西沙 は咲恵 ほど過去を見ることが出来るわけではない。だからこそ大黒天 に対象を絞って調べていた。
そのサポートを鬼郷 家の佐平治 と結妃 が支える。二人は祭壇の前から動かない西沙 と意識を共有することで、西沙 の能力を増幅させることに意識を集中した。
能力としては佐平治 よりも結妃 のほうが上。結妃 は重圧とも言える責任を感じていた。もちろんそこには清国会 の呪縛から自分たちを解き放ってくれた蛇の会に対する恩義もある。
しかしさすがに五日目ともなると、結妃 の目の前の西沙 も疲労が隠せなくなっていることが伺えた。額から汗が流れ続ける姿に、結妃 が口を開く。
「西沙 様……御身体の負荷が大きくなっております……しばし御休憩を────」
「────まだ…………」
そう即答した西沙 は、僅かに息が荒い。その西沙 が続ける。
「……〝邪魔〟をしてるのは……誰だ…………」
西沙 の体調を害しているのは肉体的な疲労だけではなかった。むしろ疲労ではないと言ったほうが正しいだろう。
明らかに西沙 の意識は何かを感じていた。
──…………目の前にあるのに………………
西沙 は苛立っていた。初日から気持ちが落ち着かない自分がいた。そして目の前の〝何か〟を掴めないもどかしさ。鬼郷 家の二人のサポートがありながら、それでも結果を出せない悔しさ。これほどの屈辱を味わったことはなかった。
──……自分の限界なのか…………
そんな気持ちが悪循環を生んでいるのも事実。
その西沙 の後ろから、佐平治 の小さな声。
「……西沙 様…………接触してくる者がいます」
「────こんな時に……」
西沙 がそう呟いた時、三人の控える本殿の空気が変わる。突然別の空間に入り込んだような違和感の中、声が響いた。
『────何をしている……西沙 …………』
それは西沙 の姉である涼沙 の声だった。
それに西沙 はすぐに応える。
「……相変わらず…………姉妹揃って私を探してるんだね……お暇なことで……」
『そこがどこなのか、教えるつもりはないのであろう?』
涼沙 の低い声が空気を震わす。
「そりゃあね……私たちの間柄で聞く必要なんてあるの? お互いまともな体質じゃないんだからさ。自分で調べなさいよ」
西沙 の汗が止まらない。
結妃 は意識の〝切断〟をすることも考え始めていた。
『お互い様だ……お前とて我等 の動きを掴めずに苛立っているではないか……元々はヒルコ様の産まれ代わりと言われたお前が情けないものだな……ただの能力者でもあるまいに…………』
「どうだかね…………簡単に他の誰かが成り代われる産まれ代わりになんか興味はないよ。どうせ今は涼沙 辺りに交代かな?」
『お前のことだ……分かっておろうが…………』
「まあね、神話の中の架空の人物の産まれ代わりになりたいなんて…………涼沙 はそんなに〝神様〟になりたいの?」
『もちろんだ…………私はそのために清国会 にいる…………』
二人の会話を聞いていた結妃 の首筋を汗が流れる。
──…………切る…………切らなければ………………
しかしその体はなぜか動かない。まるで両肩を誰かに押さえ付けられているかのように重い。
「清国会 にとっては天照 の直径であるはずの萌江 が最高神じゃないの? ヒルコはその次?」
『分かったようなことを…………私が天照大神 様に成り代わる。萌江 様はその気がないのであろう?』
「……どうかな……でも私たちの抵抗は終わらないよ。清国会 の思想自体が許せないからね。萌江 のことはどうする気?」
『蛇の会と共に…………私が潰す…………』
「……なら…………私は涼沙 を潰すよ…………」
途端に空気が変わる。
まるで広がるように風が流れる。
そして、結妃 の肩が軽くなった。
☆
伝説の始まり
歴史が回る
深淵 の海の中へ
☆
この国には誰も知らない島があった。
外周が僅か一〇キロほどの小さな島。行政に登録されていない島。その島を認知しているのは古くから清国会 のみ。
八頭鴉島 。
室町時代後期────今からおよそ五〇〇年前。
密教として組織された〝八頭鴉 〟の八名が、すでに京都御所に入り込んでいた清国会 によって〝危険な組織〟として無人島に島流しにされたことから島の歴史が始まった。
現在の人口は百人にも満たない。全員が島の中枢を担う〝大黒天 神社〟の関係者でもある。
神社を中心に集落が形成されて多くの民家が建ち並ぶが、その建物は古い物ばかり。長い歴史は島だけで完結してきた。日本本土との交流は一切無い。文化は昔ながらのものが続いていた。
多くは室町時代の文化を継承したまま。衣服も和装のみ。現在まで電気やガスなどあるはずもない文明を継承してきた。
密教とはいえ八頭鴉 への信仰から島に渡った者は神職関係者のみならず、多くの一般の庶民もいた。大工、農家、漁師、鍛冶 屋、料理人。長い歴史の中で神職からそういった職業に鞍替えした者もいる。そうして社会基盤が作られていった。
現在の島民はもちろん海の外の世界など知る由もない。それでも何不自由なく世代を繋いできた。
島の信仰も変わらないまま、その中心は大黒天 神社であり、それに誰も疑問を持つ人間はいなかった。
〝神〟は大黒天 のみ。
その大黒天 神社の現在の大神主 は宮津守光歩 ────五五才。
現在は神職と同じ意味で用いられる神主 という呼び名は、元々は神職に於ける最高位を表すものだった。しかし島の外との交流が数百年に渡って無かった八頭鴉島 では古い呼び名がそのまま使われていた。
そしてその夜、大黒天 神社の本殿に集まっていたのは光歩 の他、
内神一位 宮津守宇城 ────三二才
内神二位 宮津守宇道 ────三一才
官吏従一位 七尾美重季 ────四七才
官吏従二位 高津宮延輝 ────四八才
他、官吏社 の従者 が六名。
あくまで一月に一度の定例の会議。
光歩 の長男である宇城 は大神主 の次の位である〝内神一位 〟。当然次の大神主 を継ぐ立場でもある。それを助けるのが〝内神二位 〟である次男の宇道 。
後継を支える立場として官吏 が常に数名指名されてはいたが、その選考基準の多くは血筋。
「今年は〝菊花伝承 〟の年なれど、未だそのような〝予見 〟は現れておりません」
官吏従一位 である七尾美重季 の報告に宇城 が応えた。
「何ぞ起こるかは伝えられぬのが仕来り…………天変地異でも起きねばよいが……」
不安を含んだ宇城 の言葉に、数名の小さな溜息。
島には〝菊花伝説 〟と呼ばれる伝承があった。
丁度一〇〇年毎、島を黄色い菊の花が埋め尽くす時に悲劇が訪れるというもの。
今年はその年と言われていた。そのため島には常に張り詰めた空気があったのも事実。毎日の菊の花の調査と悲劇の始まりを見逃さないようにと神社での祈祷 が続いていた。
神事 に於ける〝予見 〟とは、いわば未来を見通すこと。島ではその予見 によって多くの事柄が決められ、行動の規範となってきた。
宇城 の隣の宇道 が微かに口角を上げて口を開く。
「宇城 の兄様とも思えぬ御言葉……〝予見 〟をなさればよいではありませぬか」
嫌な笑みを含んだような物言いはいつものこと。
父である大神主 の跡を継ぐのは長男の宇城 。次男の宇道 は今のままでは大神主 になることは出来ない。そのため、次男の宇道 としては長男を敬うどころか、以前より妬んでいた経緯がある。事 あるごとに足を引っ張ろうとしていた。総じて仲が悪いのは神職に就いている者たちなら誰もが知っているほど。
そこに官吏従二位 の高津宮延輝 が声を上げる。
「恐れながら……先だっての神事 にても〝凶有之 〟との予見 。さすれば急がれるのが〝吉〟かと…………」
高津宮 家の先祖は代々朝廷の帝 に仕えてきた由緒ある血筋。島には最初期にやってきた。そして神職とは違うとはいえ、八頭鴉 の信仰を底上げすることに代々貢献してきた歴史がある。それ以来、官吏 の名簿から高津宮 家の名前が無くなったことはない。
それに乗るのは七尾美重季 。
「私も同じ。大神主 様の御力を拝借出来れば造作も無きこと」
七尾美 家は神職の家系。高津宮 家よりは少し遅れて島にやってきたとされているが、まだインフラが整備されていなかった頃でもあり、その力が存分に発揮されたとの記載が文献に残っている。
その重季 の言葉に、祭壇の前で全員に背を向けていた光歩 が低い声を発した。
「良い。日取りを……補佐は内神一位 」
その言葉に宇城 が顔を上げる。
しかし次男の宇道 は当然面白くない。
その宇道 が思わず口を開く。
「しかしながら一位 は先だっての神事 の際にも最終的な予見 の出来ぬまま────」
「否 」
そう言ってすぐに遮った光歩 が続ける。
「予見 は一位 で執り行う。もし穢 れや迷いがあると思しき時は…………〝三宝 〟の御力を借り受けようぞ」
大黒天 は戦闘を司 った神ともされるが、同時に三宝 を守護する神でもあるとされる。
そして八頭鴉 の大黒天 神社に於ける三宝 は本殿の奥────〝守神 〟と呼ばれる部屋にあった。
一つは、島で研磨されたとされる〝水晶〟。
一つは、神の姿を映すとされる〝銅鏡 〟。
一つは、島を魔物から守るとされる〝即身仏 〟。
本来即身仏 というのは神道 ではなく仏教の考えに則したものではあったが、八頭鴉 には設立当初から仏教の概念が絡んできた歴史もあった。それは設立時の相談役の人物の影響でもあり、同時に八頭鴉 を既存の神道 とは違う密教という大きな〝器 〟にする為に必要なものでもあった。
その〝三宝 〟はこの島でこの神社が作られた時に納められ、その時以来、その部屋は開けられたことがない。部屋を封印している錠前の鍵ですら専用の木箱に入れられ、その木箱ごと代々宮津守 家で受け継がれてきた歴史があった。
決して誰も中に立ち入ることの許されない〝守神 〟。
その前には特殊な祭壇が設けられていた。過去にも重要な神事 の際のみにその祭壇は使われてきた。光歩 はその〝守神 〟を使う可能性を示唆したことになる。
──……〝三宝 〟…………〝守神 〟を使うのか…………
宇道 は光歩 の言葉に何も言い返せないまま、その身を硬くした。
そこに再び光歩 の声。
「他の者たちは日取りを決めるように」
光歩 としては、近頃神事 で結果を出せずに自信を無くしていた長男の宇城 に自信を取り戻して欲しいという気持ちもあった。次男の宇道 の感情を理解していないわけではない。
同時にその行動には目を光らせていた。
☆
八頭鴉島 の神社建設に大きく貢献した宮大工 の家系────八重津 家。
八重津 家の先祖は代々の宮大工 の血筋として島にやってきた。初期の頃という時期的なこともあってか、神社のみならず多くの建物を建てることに貢献してきた。現在は神社関連の社 の修繕が主な役割。
その八重津 家の娘、佐江沙 ────一七才。
美しい娘として島でも有名だった。
そんな佐江沙 が運命的な出会いをしたのは二月 ほど前。
第三社の補修工事の時だった。工事の棟梁 を務めていた父と大工の者たちに食事を運んだ時。
たまたま工事の進捗を見にきていた高津宮 家の長男、延拍 ────二三才。
お互いに一目で惹 かれ合った。
そして二人は急速に間柄を深めていく。
しかしそれは、決して許されることのない恋だった。
八頭鴉 の世界には厳格な位 が存在した。
その中でも高津宮 家は元々が帝 に仕えていた由緒ある血筋だったこともあり、八頭鴉 の中でも島に渡った直後からすぐに実質的な二番手の位 である相談役として即位した。島流しとして島に幽閉された初代の八頭鴉 の八人を追いかけるようにして島にやってきた最初の一陣の中の一家族。まだ組織が完全に出来上がっていなかった頃でもあり、高津宮 家のような存在は歓迎された。
八重津 家も高津宮 家と一緒に渡った一陣の血筋だったが、元々の生業 は宮大工 。もちろん神社を作ることには重宝されたが、高津宮 家とは当初から位 の時点で大きな開きがあった。
帝 に仕えていた血筋と宮大工 の血筋では、例え古くから八頭鴉 に関わっていた血筋同士でも位 が違い過ぎた。
それでも二人は例え短い時間だけでもと、毎日のように逢瀬 を続ける。
そしてそんな二人の気持ちを、菊花伝説 が押し上げた。
「今年は菊花伝説 の年と言われています……何が起こるのか誰にも分からぬことですが…………」
何度か逢瀬 を重ねていた海沿いの小さな洞窟で、延拍 が不安を口する。
佐江沙 は少し間を開け、いつものようにゆっくりとした口調で返した。
「……私は構いません…………ただ……その時は延拍 様と一緒に居とうございます……」
「私もです佐江沙 殿。何があろうと……私は佐江沙 殿を見付けます。もしもの時にはこれを…………」
延拍 はそう言うと、佐江沙 の手を取った。
小さな巾着袋 を取り出すと、その掌 に乗せたのは小さな〝水晶〟────。
佐江沙 が驚いて目を見開く。
「…………これは…………」
その水晶は洞窟の中に逃げ込んだ陽の光を反射し、呟いた佐江沙 の顔を柔らかく照らした。
延拍 が佐江沙 の表情を見つめながら話し始める。
「二日程前のことです……夢で……菊花 の伝承の日に、この水晶が助けてくれると…………目を覚ますと手の中にありました…………」
「……神の御告げ以外にはありません…………しかしこれは延拍 様が────」
そう言って水晶を差し出しかけた佐江沙 の手を、延拍 は両手で包むように押し返した。
「……なりません…………私は命を賭けても佐江沙 殿を守ると誓った身…………己 にも貴女 にも…………嘘はつきとうない」
二人は真剣だった。
そして、まだ誰にも二人の関係は見付かっていない。
しかしいつまでもこのままではいられないことも、お互い分かっていた。たまにそんな話をすることもある。それでも解決策は導き出せないまま。諦めそうになる気持ちを押し隠すほどに、その気持ちは大きく膨れ上がっていった。
洞窟の穴の向こうに見える穏やかな波を見ながら、やはり思うのはそのこと。
──…………どんな未来になるのだろう………………?
延拍 との時間を過ごす度に、いつも佐江沙 はそう思う。
──……でも…………過去も未来も……今も、ここにある………………
その二人の視界に、突然の人影。
驚いて身構えた二人の目に映るのは、一〇才程の女の子だった。しかし和装ではない。二人にとっては見たことのない真っ赤なパーカーと黄色いミニスカート。
呆然とする二人に向かって、その女の子が言葉をかける。
「ずっと、あなたたちを見てきた…………今までは見てることしか出来なかったけど、やっと会いにこれた。これで終わりに出来るよ」
反射的に佐江沙 が返す。
「……終わり…………何を終わらせるのですか……?」
しかし女の子は笑顔を浮かべるだけ。
すぐに延拍 が腰を上げて声を張り上げた。
「貴様は魔 なる者か⁉︎ 菊花 の使いか⁉︎ 答えろ!」
「菊花 って……あの伝説? ああ……最初に作り出したのはあなたたちだけどね」
その女の子の言葉に延拍 もすぐに返す。
「……おかしなことを…………」
延拍 は佐江沙 に視線を向けると続けた。
「佐江沙 殿、この者は私が本殿に連れて行きます」
しかし二人が視線を再び戻した時、女の子の姿は霧 のように消えていく。
☆
毘沙門天 神社。
祈祷 中に意識を失った楓 を、不安気に雫 が抱き抱えていた。
二人は西沙 の依頼で昼前に到着したばかりでもあった。
すでに時間は昼過ぎ。
祈祷 の中心になっていた西沙 が、祭壇の松明 の前で息を切らす。
──………………繋がった…………さすが……雫 さん………………
──…………あそこか…………
「……あの島…………清国会 なのですか?」
その雫 の言葉に、額に大粒の汗を浮かべた西沙 も疑問を口にした。
「清国会 によって島流しって…………それじゃ清国会 に恨みを抱いててもいいはず…………」
「……あそこは…………清国会 に管理されてはいないかも…………」
「…………バカな……!清国会 じゃなきゃアクセス出来るはずが────」
「……じゃあどうして────⁉︎」
「楓 ちゃんの言葉には必ず意味がある…………楓 ちゃんは〝今までは〟と言った…………あそこに関わったのは、あの瞬間だけじゃない…………」
西沙 は体が僅かに震えるのを感じた。
──……あの二人は誰だ…………過去を、見たい………………
結妃 が慌てて西沙 に駆け寄る。
西沙 の額にフェイスタオルを当てて汗を拭った。
「……二人を、呼ぶ…………」
西沙 はそう呟くように言うと、側 のスマートフォンを手にした。
☆
「────島? なかなか面白い話だね」
リビングで西沙 からの電話を受けた萌江 はすぐにスピーカーに切り替える。
『……何か……言葉で説明出来ないけど、変なんだ…………』
その西沙 の声に何かを感じたのか、萌江 の隣に座っていた咲恵 がソファーから立ち上がり、ハンドバッグから車のキーを取り出した。
その咲恵 と目を合わせた萌江 が小さく頷いて立ち上がり、二人の間に西沙 の声が挟まる。
『……何かあるよ……あの島…………気持ちがザワついて仕方がない』
萌江 はいつものサッチェルバッグを手にすると縁側から外に出た。そして口を開く。
「分かるよ……その感覚…………西沙 が感じるなら間違いない。何かあるね。雫 さんたちを呼んだのは正解だよ」
咲恵 に続いて萌江 が車の助手席に乗り込むと、素早く車が動き始めた。
「場所の特定まではまだ難しいんでしょ?」
『うん、ごめん…………それはまだ…………でも楓 ちゃんはまだその島にいるみたい……意識を失ったままだし……』
「あの子なら大丈夫だよ。簡単に誰かに悟られるような子じゃないしね。清国会 にだって簡単には見付からないよ。雫 さんもいるしね。だから大丈夫…………今のその場では、西沙 が一番の能力者だよ…………あなたなら私は何も心配してない…………だから、もう少しだけ耐えて。もう向かってるから」
『……ごめん……心配かけた…………待ってる』
「うん……頼む」
萌江 が通話を切ると、最初に口を開いたのは運転しながらの咲恵 。
「珍しいね……西沙 ちゃんが…………」
「そうだね…………何か…………大きなところに足を踏み入れたかな?」
そう応える萌江 の声にも、咲恵 は不安のようなものを感じた。
「どうしたの?萌江 まで…………あなたは私たちを引っ張ってく立場でしょ。その覚悟はしたはずだよ。しっかりして」
「そうだった……分かってるはずなのにね……ごめん」
萌江 はそう返して小さく笑みを浮かべる。
萌江 が咲恵 にしか弱音を吐かないことは、もちろん咲恵 しか知らない。咲恵 自身はそれでいいと思っていたし、そのことには何の不満もない。しかしこの時の咲恵 は、鼓舞させるような強い物言いをしてしまった自分を少し悔いた。
──……なんだろう…………私にも余裕がないの…………?
車を運転しながら、目の前の空気のような〝何か〟が濃くなっていく。
──…………なんだ……このザワつき…………西沙 ちゃんを困らせるほどの………………
咲恵 の首に下がった〝水の玉〟が熱い。
車で約三時間────。
すでに辺りは薄暗くなっていた。
二人が毘沙門天 神社に到着する。
車を降り、長い階段の前の鳥居で二人は立ち止まった。
「……濃厚だねえ…………」
階段の先にある鳥居を見上げながらそう言う萌江 に、隣の咲恵 が応える。
「……〝深い〟ことになりそうね…………」
そして無意識に、咲恵 は萌江 の手を握っていた。
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二一部「堕ちる命」第2話へつづく 〜
紅葉した葉が落ちていく中、赤く染まった山々。
そんな山々の中に〝
そこに、連日連夜張り付いていた
だいぶ陽が短くなってくる時期ということもあるが、暗くなっても
そこは〝蛇の会〟の拠点として守られている所でもある。
それを最大の利点として
一番謎の場所はむしろ
──……歴史の中に……何かあるはず…………
そのサポートを
能力としては
しかしさすがに五日目ともなると、
「
「────まだ…………」
そう即答した
「……〝邪魔〟をしてるのは……誰だ…………」
明らかに
──…………目の前にあるのに………………
──……自分の限界なのか…………
そんな気持ちが悪循環を生んでいるのも事実。
その
「……
「────こんな時に……」
『────何をしている……
それは
それに
「……相変わらず…………姉妹揃って私を探してるんだね……お暇なことで……」
『そこがどこなのか、教えるつもりはないのであろう?』
「そりゃあね……私たちの間柄で聞く必要なんてあるの? お互いまともな体質じゃないんだからさ。自分で調べなさいよ」
『お互い様だ……お前とて
「どうだかね…………簡単に他の誰かが成り代われる産まれ代わりになんか興味はないよ。どうせ今は
『お前のことだ……分かっておろうが…………』
「まあね、神話の中の架空の人物の産まれ代わりになりたいなんて…………
『もちろんだ…………私はそのために
二人の会話を聞いていた
──…………切る…………切らなければ………………
しかしその体はなぜか動かない。まるで両肩を誰かに押さえ付けられているかのように重い。
「
『分かったようなことを…………私が
「……どうかな……でも私たちの抵抗は終わらないよ。
『蛇の会と共に…………私が潰す…………』
「……なら…………私は
途端に空気が変わる。
まるで広がるように風が流れる。
そして、
☆
伝説の始まり
歴史が回る
☆
この国には誰も知らない島があった。
外周が僅か一〇キロほどの小さな島。行政に登録されていない島。その島を認知しているのは古くから
室町時代後期────今からおよそ五〇〇年前。
密教として組織された〝
現在の人口は百人にも満たない。全員が島の中枢を担う〝
神社を中心に集落が形成されて多くの民家が建ち並ぶが、その建物は古い物ばかり。長い歴史は島だけで完結してきた。日本本土との交流は一切無い。文化は昔ながらのものが続いていた。
多くは室町時代の文化を継承したまま。衣服も和装のみ。現在まで電気やガスなどあるはずもない文明を継承してきた。
密教とはいえ
現在の島民はもちろん海の外の世界など知る由もない。それでも何不自由なく世代を繋いできた。
島の信仰も変わらないまま、その中心は
〝神〟は
その
現在は神職と同じ意味で用いられる
そしてその夜、
他、
あくまで一月に一度の定例の会議。
後継を支える立場として
「今年は〝
「何ぞ起こるかは伝えられぬのが仕来り…………天変地異でも起きねばよいが……」
不安を含んだ
島には〝
丁度一〇〇年毎、島を黄色い菊の花が埋め尽くす時に悲劇が訪れるというもの。
今年はその年と言われていた。そのため島には常に張り詰めた空気があったのも事実。毎日の菊の花の調査と悲劇の始まりを見逃さないようにと神社での
「
嫌な笑みを含んだような物言いはいつものこと。
父である
そこに
「恐れながら……先だっての
それに乗るのは
「私も同じ。
その
「良い。日取りを……補佐は
その言葉に
しかし次男の
その
「しかしながら
「
そう言ってすぐに遮った
「
そして
一つは、島で研磨されたとされる〝水晶〟。
一つは、神の姿を映すとされる〝
一つは、島を魔物から守るとされる〝
本来
その〝
決して誰も中に立ち入ることの許されない〝
その前には特殊な祭壇が設けられていた。過去にも重要な
──……〝
そこに再び
「他の者たちは日取りを決めるように」
同時にその行動には目を光らせていた。
☆
その
美しい娘として島でも有名だった。
そんな
第三社の補修工事の時だった。工事の
たまたま工事の進捗を見にきていた
お互いに一目で
そして二人は急速に間柄を深めていく。
しかしそれは、決して許されることのない恋だった。
その中でも
それでも二人は例え短い時間だけでもと、毎日のように
そしてそんな二人の気持ちを、
「今年は
何度か
「……私は構いません…………ただ……その時は
「私もです
小さな
「…………これは…………」
その水晶は洞窟の中に逃げ込んだ陽の光を反射し、呟いた
「二日程前のことです……夢で……
「……神の御告げ以外にはありません…………しかしこれは
そう言って水晶を差し出しかけた
「……なりません…………私は命を賭けても
二人は真剣だった。
そして、まだ誰にも二人の関係は見付かっていない。
しかしいつまでもこのままではいられないことも、お互い分かっていた。たまにそんな話をすることもある。それでも解決策は導き出せないまま。諦めそうになる気持ちを押し隠すほどに、その気持ちは大きく膨れ上がっていった。
洞窟の穴の向こうに見える穏やかな波を見ながら、やはり思うのはそのこと。
──…………どんな未来になるのだろう………………?
──……でも…………過去も未来も……今も、ここにある………………
その二人の視界に、突然の人影。
驚いて身構えた二人の目に映るのは、一〇才程の女の子だった。しかし和装ではない。二人にとっては見たことのない真っ赤なパーカーと黄色いミニスカート。
呆然とする二人に向かって、その女の子が言葉をかける。
「ずっと、あなたたちを見てきた…………今までは見てることしか出来なかったけど、やっと会いにこれた。これで終わりに出来るよ」
反射的に
「……終わり…………何を終わらせるのですか……?」
しかし女の子は笑顔を浮かべるだけ。
すぐに
「貴様は
「
その女の子の言葉に
「……おかしなことを…………」
「
しかし二人が視線を再び戻した時、女の子の姿は
☆
二人は
すでに時間は昼過ぎ。
──………………繋がった…………さすが……
──…………あそこか…………
「……あの島…………
その
「
「……あそこは…………
「…………バカな……!
「……じゃあどうして────⁉︎」
「
──……あの二人は誰だ…………過去を、見たい………………
「……二人を、呼ぶ…………」
☆
「────島? なかなか面白い話だね」
リビングで
『……何か……言葉で説明出来ないけど、変なんだ…………』
その
その
『……何かあるよ……あの島…………気持ちがザワついて仕方がない』
「分かるよ……その感覚…………
「場所の特定まではまだ難しいんでしょ?」
『うん、ごめん…………それはまだ…………でも
「あの子なら大丈夫だよ。簡単に誰かに悟られるような子じゃないしね。
『……ごめん……心配かけた…………待ってる』
「うん……頼む」
「珍しいね……
「そうだね…………何か…………大きなところに足を踏み入れたかな?」
そう応える
「どうしたの?
「そうだった……分かってるはずなのにね……ごめん」
──……なんだろう…………私にも余裕がないの…………?
車を運転しながら、目の前の空気のような〝何か〟が濃くなっていく。
──…………なんだ……このザワつき…………
車で約三時間────。
すでに辺りは薄暗くなっていた。
二人が
車を降り、長い階段の前の鳥居で二人は立ち止まった。
「……濃厚だねえ…………」
階段の先にある鳥居を見上げながらそう言う
「……〝深い〟ことになりそうね…………」
そして無意識に、
「かなざくらの古屋敷」
〜 第二一部「堕ちる命」第2話へつづく 〜