第四部「罪の残響」第3話(第四部最終話)
文字数 10,967文字
日曜日。
その日も朝から暑い一日が始まっていた。
夜形の萌江 にとって午前の九時に起きることは珍しい。余程の理由がなければあり得ないほどだ。決して咲恵 の生活スタイルに合わせているわけではない。自分の家にいると言っても、毎日咲恵 に電話をするほど若くもない。
萌江 はこの家の夜の静けさが好きだった。
近所と言っても車で移動したくなるほどの距離。周囲に人の気配など感じるはずもないままに木々の葉の擦 れる音に耳を澄ます。時折聞こえる動物の声が愛 おしく感じるのはなぜだろう。
野生動物との共存は決して綺麗なものではない。相手によってはお互いに命の危険を感じることもある。
しかし、なぜかこの家にはその心配はなかった。少なくとも萌江 自身が危険な目に遭ったことはない。そして萌江 には、最近その理由がなんとなく分かってきていた。
珍しく萌江 は冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出すと、汗ばんだ喉に押し込む。
ビール以外の炭酸飲料を飲むことはそれほどない萌江 だったが、そんな萌江 でもたまには飲みたくなることもある。それでもその仕様比率の多くは洋酒を割るため。
定期的にネット通販で箱買いするペットボトルの飲み物の内容は多岐に渡った。
緑茶、紅茶、コーヒー、スポーツドリンク。コーヒーはほとんどドリップ派の萌江 だが、缶コーヒーもそれなりに飲む。また別の物だと考えていた。そのため、ドリップはブラックでしか飲まない萌江 でも缶コーヒーになると甘い物が多い。
萌江 は炭酸飲料のポットボトルを片手に縁側に腰を降ろした。
「日差し、強いなあ…………」
それでも家の構造的に風通しはいい。
未だにエアコンは取り付けていなかった。萌江自身、エアコンが嫌いなわけではないし、事実として咲恵 のマンションにいる時はエアコンが無いと生きられないと思っている。
それでも、この家を通る風が好きだった。
──風が弱い日はキツいけどねえ
ペットボトルを横に置くと、足元のサンダルを引っ掛ける。立ち上がると、外のジョウロを手にして玄関の側 の水道まで歩いた。
最近は雨が降っていなかった。ニュースでは水不足の話題が多い。
使用する水の半分を地下水で賄っているこの家では、不安が全くないわけではない。
そして、もっと不安なのは庭の草木のほうだろうと萌江 は思っていた。ジョウロに水を張り、だいぶ背の伸びてきた畑の野菜たちに水を撒く。土に集中的に水を染み込ませるように優しく水を広げていった。
「美味しいキュウリとジャガイモが食べたいなあ」
──……最近独り言が増えたな…………
萌江 がそんなことを思いながらジョウロを元の場所に戻した時、急に外の道路が騒がしくなる。
聴き慣れた咲恵 の車の音と、初めてここにくる杏奈 の車。
──……賑やかになったなあ…………
最初に車を降りたのは西沙 だった。
「萌江 !」
叫んで駆け寄った西沙 が、萌江 の前で立ち止まって更に叫んだ。
「なんなのよその格好!」
「何が?」
「下着くらい着けなさいよ!」
萌江 は昨夜から真っ白なロングTシャツ一枚。
「分かった? 透けてる?」
「透けるっていうか分かるでしょ⁉︎ 首から水晶下げる時間あるなら下着だって履けるでしょ⁉︎」
「いいじゃん自分の家なんだから」
「見てるこっちが恥ずかしいのよ!」
「それよりこの暑い日にゴスロリなんてよく着てられるよねー」
「夏服バージョンなんだけど…………」
そして、そこに歩み寄ってきた咲恵 が萌江 の目の前で冷静に口を開く。
「この間はごめん。気持ちがフラついてた」
そして萌江 の体に抱きつく。
驚いた顔の西沙 と杏奈 を無視し、咲恵 の言葉が続いた。
「……私も…………あなたから逃げないよ…………でもごめん萌江 …………今日は私だけじゃないの…………服を着て……今の私には刺激が強過ぎる…………」
「わ、分かった……ごめん」
大人しく寝室に入っていく萌江 を無視し、咲恵 は縁側からリビングに上がるとまっすぐキッチンの冷蔵庫を開ける。
「そっから入っていいわよ二人とも。何飲む? えーっと、ああ、色々冷やしてあるね」
──……結構準備してるじゃない…………
「紅茶ある?」
そう言った西沙 に咲恵 はすぐに応える。
「ストレートティーならあるよ」
「じゃ、私はコーヒーとかあれば…………」
そう言ったのは杏奈 だった。
「甘いのだけどいい?」
冷蔵庫の扉から顔を出して聞き返した咲恵 に、杏奈 もすぐに返す。
「あ、そのほうが嬉しいです」
「じゃ、私は緑茶で」
三人がリビングのテーブルを囲むと、そのテーブルの上には大量の紙の束。一緒にあるのはあの夜に杏奈 が撮影した現場写真。いずれも杏奈 が数日前にこの家宛に郵送した物だった。
それを見ながら咲恵 が口を開いた。
「これはこのままのほうが良さそうね。萌江 なりに纏 めてるはず…………杏奈 ちゃんの用意してくれた資料?」
そして杏奈 が返す。
「はい…………あの屋敷の歴史です…………」
「あれから新しい情報は?」
「…………分析結果が出ました」
そして、すぐ隣の寝室のドアが開いて萌江 が姿を表す。
ダメージジーンズに薄手のトレーナー。いつもラフで緩い服装を好む萌江 らしい印象だった。それでも首の水晶だけは外さない。
「分析結果を聞く前に、まずは私の推測から…………かな」
そう言いながら縁側に置いてあった自分のペットボトルを持ち上げたところで、西沙 が声を上げた。
「萌江 っていつも首元が緩い服ばっかりだよね。なんかそのイメージがある」
「ああ、これ?」
咲恵 と西沙 の間に腰を降ろした萌江 が続ける。
「首周りがキツいのって苦手なんだよね…………タートルネックとかダメ。ネクタイも嫌い」
「そうなんだ…………」
不思議そうに萌江 の首筋に視線を送る西沙 を萌江 がからかう。
「触りたいの? どちらかというと舐められるほうが好き…………」
「そういうのは興味ないってば」
「それは残念。首が窮屈 なのが嫌いなのは子供の頃からだったけど…………産まれた時に臍 の緒 が首に巻きついてたって知ったのは最近…………」
「そんなこともあるんですね…………」
呟くように言ったのは杏奈 だった。
萌江 が、自分が産まれた時のことを知ったのは、もちろん咲恵 から流れ込んできたもの。
おかしなものだと萌江 自身も思った。まるで覚えていない母親。まだ赤ん坊だった自分が覚えているわけがない。まして自分が産まれる時の光景など、普通の人間には決して見ることが出来ないものだろう。まるで自分が自分ではないような、そんなおかしな感覚だった。
しかし、萌江 と咲恵 の能力が無ければ、萌江 が母親に会うことが出来なかったのも事実。例え記憶の中だけだったとしても、それには必ず意味があると思えた。
そう、思いたかった。
そして、その萌江 が始める。
「さて、それじゃ、初めよっか…………その前に一つだけ…………ここでの会話はここだけのものにしてくれる? みんなこのままじゃモヤモヤしたままだろうから今日はハッキリさせるけど、この家を出たら総て忘れること。だから杏奈 ちゃんには悪いんだけど、ブログの話も無し…………そのほうがいいと思う…………で、杏奈 ちゃん、さっきの分析結果見せてもらえる?」
そんな萌江 の言葉に、杏奈 は複雑な表情を見せた。そしてゆっくりと、いつものバッグに立てかけてあった大きな封筒を手に取る。
そして萌江 に渡した。
萌江 はゆっくりとその中身を取り出すと、眺めながら続ける。
「これはあの夜に、あの屋敷の敷地内にあった井戸の組み上げ機の蛇口…………にこびり付いていた水垢 …………やっぱりね。咲恵 …………あなたの予測は正しかった」
すると咲恵 が小さく息を吐く。
萌江 が説明を繋いだ。
「みんな予測しているように、あの屋敷の最初の住人であるイギリス人家族は病死じゃない…………殺されてる…………問題は、誰に殺されて、誰によってあの屋敷の地下に隠されたのか…………西沙 、あなたがキャッチした〝念〟って、誰のものか分かってるんでしょ?」
そう言って萌江 は隣の西沙 に顔を向ける。
西沙 は一瞬だけ驚いたように、それまで見惚 れていた萌江 の顔から目線を外すと、ゆっくりと応えた。
「イギリス人の…………要人を殺した人…………」
「…………やっぱり……そうだよね…………これで繋がった…………みんな、もう一度現場の写真を見てくれる?」
全員がテーブルの上の現場写真を覗き込んだ。
そこにはあの手彫りの地下室。
その何枚かを指差しながら萌江 が続ける。
「ここに明らかに何かの箱状の物が置いてあった跡がある…………手彫りの隠されていた地下室…………この中に置かれていた物はきっと秘密にしておきたい物なはずでしょ? イギリス人が日本に持ち込んで……かつそれを〝許せなかった〟人物が殺人を犯した…………西沙 …………あなたが残した言葉から、私の推測を交えて杏奈 ちゃんに調べてもらったことがある」
萌江 は小さく息を吐いた。
そして資料の一枚を手に取ると続ける。
「明治政府外国事務総監、井上実美 の秘書官、大隈武揚 …………本人が行方不明になった後で一家は取り潰し、家族全員が離散してる…………でも行方不明になる前、本人の遺書とも取れる手紙がある新聞社に持ち込まれた」
「はい…………」
杏奈 が口を開き、続ける。
「私が記事を書いてる雑誌社の親会社です…………見付けるのは大変でしたが…………」
そして杏奈 はバッグからクリアファイルを取り出した。
そこには宛名の書かれていない色褪せた茶封筒が一つ。
「残念ながら誰がこれを持ち込んだのかは分かりません。本人かどうかも記録を辿ることは出来ませんでした」
「上等だよ杏奈 ちゃん。これでだいぶ話が繋がる」
その萌江 の声に、杏奈 の顔が少しだけ明るくなった。
萌江 は続ける。
「そしてさっきの分析結果…………〝モルヒネ〟だよ」
☆
その洋館に大隅武揚 が呼ばれたのは寒い冬の夜だった。
微かに雪がチラついていたが、幸いにも積もる程でもないようだ。
運転手でもある通訳と洋館に到着したのはすでに夜の一〇時を回っていた。急な呼び出しだった。
大隅 が秘書官として仕えていた明治新政府外国事務総監の井上実美 には内密とのこと。何かしらの緊急事態かと大隅 は駆けつけた。
使用人に通された部屋は屋敷のかなり奥の部屋だった。決して大きい部屋ではない。中の小さな裸電球が点いてはいたが、明るいとも言い難い。その大き目のクローゼットのような狭い部屋には、いくつかの木箱が壁際に積まれていた他は中央の小さなテーブルと、そのテーブルを挟んだ向かい合わせの椅子が一つずつあるだけ。
部屋の奥側にイギリス政府外交使節団所属であるアルグレンが座っていた。明治新政府の相談役という立ち位置で来日していた人物だ。明治維新を裏から支えたイギリス政府は明治新政権が樹立した後も日本を支え続けていた。それは技術や知識だけではない。日本に軍隊を作り上げるための武器供与と教育にも熱心だった。
近代化を急いでいた日本にはイギリスを断る理由は存在しなかった。
もちろんそのイギリスからの使者であるアルグレンの待遇は相当なものだった。
「今日は……何か緊急な御用向きですかな」
大隅 の言葉を通訳が英語にしてアルグレンに伝える。
アルグレンの英語を通訳が日本語にして大隅 に伝えた。
「どうしても大隅 様に内密でお願いしたいことがあると…………」
「内密ですか…………」
それは、日本国内での麻薬の密売だった。
日本国内で当時一番流通していた麻薬と言えばアヘン。しかしそれは明治維新前から禁止され、新政府が樹立してからも法律で厳しく取り締まっていた。それでも流通していたのは外国からの密輸に他ならない。
イギリスは過去に清 に対して大量のアヘンを密輸していた過去があった。それを危険視した清によって厳しく取り締まわれ、結果的にアヘン戦争が勃発する。
「せっかく世界の国々の仲間入りを果たした我が国に────清 と同じ道を辿れと言うのか⁉︎」
大隅 は声を荒げていた。
通訳も困惑した表情のままアルグレンに伝える。
もしも日本での流通に手を貸してくれたらそれなりの報酬とこれからの立場を保障するということだった。確かにこの頃のイギリスは日本政府に対しての強力な権限を有していた。
「買収か⁉︎ どこまで愚弄 するか!」
大隅 は立ち上がっていた。
アルグレンも思わず立ち上がり、笑顔で大隅 を宥 めようとする。しかしそれは当時の日本人にはまだ相容れない感覚であり、大隅 は自然とアルグレンの手を払い除けた。それがアルグレンの神経を刺激し、二人は揉み合い始めた。
そして制止しようとする通訳を弾き飛ばしたアルグレンは拳銃を抜いた。
その手に掴みかかり、懸命に大隅 は抵抗を繰り返す。
──……井上 様に伝えなければ…………この日本国は…………
銃声が響く。
アルグレンが倒れた。
震える大隅 の手には拳銃。
慌てて通訳が部屋を飛び出す。
使用人に顛末 を伝えて電話を借り、井上実美 へ繋いだ。
井上 は一時間程で駆けつけた。情報が錯綜したのか、軍用車両が数台後ろについている。
そこに走り寄る通訳の案内で井上 と陸軍兵士が数名中へ。
部屋を覗くと、そこには胸から血を流して倒れるアルグレンと座り込む大隅 。
大隅 は井上 の姿を見るなり、体を震わせながら、頭を床につけて土下座をしていた。
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
一時的に陸軍が占拠した屋敷の中で、井上 は大隅 から事の一部始終を聞いた。
「確かに…………これは見過ごせない事案だ…………しかし…………」
井上 が呟くように言葉を吐き出した直後、兵士が報告にやってくる。
殺害現場の部屋の地下に、大量のモルヒネとヘロインが見付かる。どちらも不純物の多いアヘンの粉末から精製される物。確実にアヘンの粉末よりも高値で取引される純度の高い物だ。
「こんな物を密輸して…………日本人を愚弄 して…………二度目のアヘン戦争でこの日の本を自分たちの物にするつもりだったのか!」
井上 も声を荒げていた。
自然と体が怒りで震え始める。
アルグレンの家族が広い部屋に集められた。
それからの井上 の命令は非情だった。
家族は全員銃殺され、地下室に。
井上 も冷静ではなかったのだろう。イギリスと一戦交えることもやむなしと考えていた。
しかし、翌日、井上 が報告した政府の判断は違った。
地下室と、その地下室の入り口のあった部屋は大量の土で埋められ、その部屋の入り口は分厚い板を当てられ、一見すればただの壁。その奥に部屋があるようには見えない。
イギリスには病死したとの連絡をし、火葬された死刑囚の骨を送る。流行 り病 だったために、感染の危険性を懸念して火葬したことにした。
その二日後、井上 に降格の辞令が降り、大隅 は通り魔を装った男に刺し殺される。
僅かな遺恨 は残したが、日本はイギリスを捨てることは出来なかった。外交問題に発展することを一番恐れた。
日本は、まだ、小さな国だった。
☆
「その後…………あの土地と建物がイギリスから日本に売却されたのは明治八年です」
そう説明するのは杏奈 だった。
杏奈 は大隅武揚 の手紙をゆっくりと、そして丁寧に封筒に戻すと、入れてきたクリアファイルに挟んだ。
「多分、日本はあの建物が欲しかったんでしょうね。何度も売却の申請をイギリスに出しています。所有がイギリスの内は何かのタイミングでバレないとも限らない。事実隠し続けました。代わりに来日した大使は別の屋敷を作ってまでそっちに住まわせています」
その杏奈 の言葉を受けて萌江 が呟く。
「日本を守るためか…………立場を悪くしたくないから何かを隠すって……今の時代でも変わらない気がするけどね…………」
それを掬 い上げたのは咲恵 だった。
「過去の話だからって……今でも隠したい気持ちも分からなくないけど…………警察が遺体と一緒に回収したのはやっぱりモルヒネかヘロイン?」
萌江 が応える。
「そうだろうね。それでどういうことなのか捜査を開始したら…………国からの圧力で捜査は中止って流れじゃないかな。最悪のことを考えて工事が再開されるまでは山の中に警備をつけてまで守ってる。麻薬の痕跡を見付けられるわけにはいかない…………多分政府には代々、そうやって隠し通さなきゃならないことが他にもあるんだろうね。マスコミに圧力をかけてでも…………」
そして小さく呟いたのは西沙 。
「あの人は…………本気でこの国を守ろうとした…………あの人の悔しさが入り込んできた…………でも秘密にしたい気持ちもあって…………だから私の中に入るのを躊躇 した…………」
西沙 は膝を抱いて肩を震わせ始めた。
表面的な言葉や文章ではなく、西沙はダイレクトに入り込んできた人の感情を感じていた。
萌江 は西沙 の肩に手をおきながら、どれだけ辛い体質だろうかと考えていた。
──……よく耐えたね…………国に対する想いなんて…………大き過ぎる…………
「その後は、モルヒネが地中に染み込んで地下水にってことで間違いないんでしょうか」
その杏奈 の質問に、分析された資料を見ながら萌江 が応える。
「間違いないだろうね。地下室を埋めた時に入れ物が瓶だったとすれば、割れたりすれば…………この結果だと90%以上の確率でモルヒネが検出されてる。少しずつ摂取し続けて…………病院の死亡診断書までは見付からなかった?」
「さすがにそこまでは古すぎて…………」
そこに刺さったのは咲恵 。
「イギリス家族の後に暮らした二家族はどちらも全員が病院で亡くなってる。問題は最後の家族よね…………どうしてもあそこで死んでるからイメージが強かったんだけど、体調を全員が崩していたのは事実みたい。でも家族を惨殺した主人のイメージで気になるのがあって…………」
咲恵 が眉間 に皺 を寄せて視線を落とした。
すると萌江 が優しく囁 く。
「大丈夫? ゆっくりでいいよ」
「うん……大丈夫……ごめん…………あの家で西沙 ちゃんの口から出た言葉…………多分、イギリス人を殺した人じゃなくて、最後の主人の言葉…………その光景が見えた…………」
「ああ…………分かった…………」
突然そう声を上げた萌江 が続ける。
「どうしてリンクするのか分からない部分があったんだけど、もしかしたらその最後の主人って、最初の大隅 と血縁関係にあったんじゃないかな…………その人を経由してでも伝えたかったのかもしれない…………だとしたら、同じように血縁関係にあった人が大隅 の手紙を新聞社に持ち込んだ。でもそれも政府に握りつぶされた…………」
そこに咲恵 の声が重なる。
「この間……西沙 ちゃんに入ろうとした人って…………」
萌江 はテーブルの上の資料を漁り始めた。そして辿り着いた一枚を見ながら続ける。
「やっぱり…………最後の主人の実家、財産を失って破産してる…………国に土地を徴収されて…………それでも推測の粋は出ないけど…………」
それを掬 い上げたのは咲恵 。
「いえ、間違っていないと思う…………大隅 とあの主人って、私も何か繋がって見えてて…………そっか…………すごい〝念〟だね」
杏奈 が反射的に挟まった。
「幽霊とは、違うんですか?」
「100%の答えじゃないとは思うけど、意思を持った幽霊が何かをしてるって感じじゃないんだよね。何か〝想い〟のようなものって言ったほうがいいのかな…………でも、それがなんなのか、それは私でも萌江 でも、まだ辿り着いてないの…………」
「分かりようがないこともあるもんだよ」
そう繋ぐ萌江 が続ける。
「世の中には、説明の出来ない不思議なことが確かにあるよ。そこに逃げるのは嫌いだけど、なんでも幽霊だの呪いだのっていうのはちょっとね…………事実あの屋敷の〝呪い〟って思われてた部分も〝呪い〟なんかじゃなかった。みんな麻薬で死んだだけ。ただ……大隅 の〝念〟だけは残ってた…………大隅 は麻薬で人を呪い殺すような人じゃないよ。もしも幽霊になって関わるなら、あの人なら全力でみんなを助けようとしたと思うよ。それなのに、その強い〝念〟ですら権力の圧力に屈しなきゃいけないんだね…………」
すると杏奈 が大きく息を吐いて口を開いた。
「かなり昔のことなはずなのに、今でも政府が圧力をかけるなんてことホントにあるんですかね?」
応えるのは萌江 。
「真実は墓まで持っていくって言って死んでった政治家もいるよ。あの世界に足を踏み入れるって、そういうことなんじゃないのかな」
「じゃあ、今回のこの件は…………」
「完全に手を引いて…………私たちのことも、この家のことも…………全部忘れて…………デジタルデータは総て消すこと。ここの資料は私が処分しておく。
「じゃあ大隅 の〝想い〟はどうなるんですか⁉︎」
「私たちが受け取った…………それで終わり」
「嫌です! 私は相手が国だって────」
「やめて!」
そう叫んだのは西沙 だった。
「あの人は、そんなことは望んでいない…………あの人は国のことを思っていたのに…………その国に裏切られた…………もう…………終わりにしてあげて…………」
その西沙 の言葉は、まるで、大隅 からの〝想い〟のようだった。
☆
「大隅 の…………大隅 さんの、お墓だけは探します。お墓参りだけはしたいです」
帰り際、車に乗り込む前に杏奈 はそう言って唇を噛み締めていた。
萌江 が応える。
「うん…………もうすぐお盆だしね…………」
すると杏奈 の隣の西沙 がすぐに萌江 に食いついた。
「あれ? だって前に、お盆って…………」
「だからだよ。風習は〝想い〟から生まれるもの…………だから必要なんでしょ」
「やっぱり萌江 とは一生の付き合いになりそうだ」
「なぜ」
その萌江 の返答を無視するかのように、西沙 はハンドバッグから三つ折りにした紙を取り出し、萌江 に渡して続ける。
「萌江 へのメッセージを預かってた……今日はこれを渡すために来たの…………後で見て…………」
「メッセージ? ……誰…………?」
不思議そうに折られた紙を見続ける萌江 に、さらに西沙 が声をかける。
「それと…………これからも呼び捨てでいいから…………じゃあね」
西沙 は逃げるように杏奈 の車の助手席に乗り込むと下を向く。
それを見た咲恵 が囁 く。
「そう言えば…………いつから?」
「…………覚えてない」
「ふーん…………これも西沙 ちゃんの〝想い〟か」
「跳ね返す」
「そんな可哀想」
杏奈 が車のドアを開けながら声を上げる。
「お世話になりました!」
萌江 が軽く手を振り、咲恵 が応える。
「元気でね」
何かを言いかけた杏奈 が、黙って車に乗り込んだ。
──……もう会えないかもって思ってるの…………嫌だな…………
咲恵 がそう思った直後、杏奈 の車が遠ざかって行く。
だいぶ陽が傾いていた。
陽の長いこの時期。時間もすでにそれなり。
萌江 は無意識の内に手の中の紙をポケットに押し込み、縁側からリビングへ。
テーブルの資料を纏 め始めた。
「…………明日には処分しておくよ」
そう言った萌江 の声は、どこか寂しげだった。
その声が続く。
「今夜はビールが飲みたいねえ」
その後ろから、咲恵 が両腕を回した。
まるで時が止まってしまったかのような瞬間。
そして萌江 の耳元で咲恵 が囁 く。
「……よく耐えたね…………大隅 の〝想い〟を一番ダイレクトに感じてたのはあなただったのに…………」
「…………気付いてたの?」
気持ちのどこかを突かれたのか、途端に萌江 の声はどこか甘えたものに。
「私が気付かないと思ったの?」
その柔らかい咲恵 の声に気持ちのどこかを動かされたのか、萌江 の目から涙が溢れ出す。
「…………悔しかった…………許せない…………」
そんな震える萌江 の声に、咲恵 も言葉が溢れる。
「昔〝愛国者は国を政府から守れ〟って言った人の言葉を見たことがあるけど…………綺麗事にしか聞こえない…………世界は、そんなに単純じゃない…………私たちには、私たちが生きれる世界がある…………そこで生きて行こうよ…………」
萌江 が咲恵 の指に手を絡めながら応えた。
「…………うん」
「気晴らしにアレ見る?」
咲恵 は萌江 から離れると縁側へ。
萌江 は涙を拭いながら背中を追いかけた。
「さっき杏奈 ちゃんがお礼にって置いていってくれた写真集。見てみない?」
「風景写真?」
「ポートレートって言うの? 詳しくないけど、元々はこっちが本職だって言ってたからね」
表紙の写真は細かな葉で埋め尽くされ、その奥から逆光の日光が所々覗いていた。葉の色は緑だけではなかった。赤、黄色、茶色、それぞれが複雑に折り重なっていた。
まるで動画でも見ているような感覚を萌江 は受ける。
でもそれは、萌江 だからかもしれない。
萌江 はそんな感覚を隠すかのように言葉を吐き出した。
「なんか、こちゃこちゃとして見にくいなあ。芸術ってよく分からないから…………」
「そう? 芸術って元々は娯楽のことなんだから、無理して崇高な物を求める必要もないと思うよ。芸術ってもっと気楽なものでいいと思う。映画でも音楽でも、芸術と娯楽を切り分けて考える人って面倒な人ばっかり。もっと感じたままでいいのに」
「感じた通りって言っても…………同じデザインでも料理とは違うね」
料理好きの萌江 は、常々料理を〝デザイン〟するという考え方で作っていた。
それは見た目だけではない。萌江 の中では味もデザインの一部。そのデザインを形にするまでの過程が好きだった。
咲恵 が返していく。
「まあ、好みの問題って言えばそれまでだけど、確かに総てが細かすぎて一見しただけなら何が描かれているのか分からない。でも────だからこそ見ようとする。全体に目を配って、細かい部分を注視する。萌江 の考えに似てる。だから私は好き」
「どっちが? 写真? 私?」
「さあ」
「こら」
その萌江 の柔らかい笑顔が、咲恵 は何より大好きだった。
その咲恵 が、笑顔を返しながら言葉を繋げる。
「そう言えば、西沙 ちゃんからのプレゼントはなんだったの?」
「ああ、忘れてた」
萌江 はポケットから皺 のよった紙を取り出して開いた。
萌江 の動きが止まる。
写真集を開いていた咲恵 が声をかけた。
「ん? どうしたの?」
「…………ごめん…………」
萌江 の手が、咲恵 の手を探す。
咄嗟に咲恵 はその手を掴んだ。
握り返す萌江 の力は強い。
「……ごめん…………だめだ…………」
萌江 の横顔に、涙が溢れていた。まるで音が聞こえるかのような大粒の涙がデニムに染み込んでいく。
咲恵 は震える萌江 の体を抱きしめるしかなかった。
萌江 の首に下がる水晶が暖かい。
──……どうしたの⁉︎ 教えて…………
萌江 の手の中の紙が視界に入る。
──……じゃあ…………あの二人って…………
〝
男の子も女の子も
二人はいつも近くにいます
水の玉を探しなさい
私はそこで待っています
〟
「かなざくらの古屋敷」
〜 第四部「罪の残響」終 〜
その日も朝から暑い一日が始まっていた。
夜形の
近所と言っても車で移動したくなるほどの距離。周囲に人の気配など感じるはずもないままに木々の葉の
野生動物との共存は決して綺麗なものではない。相手によってはお互いに命の危険を感じることもある。
しかし、なぜかこの家にはその心配はなかった。少なくとも
珍しく
ビール以外の炭酸飲料を飲むことはそれほどない
定期的にネット通販で箱買いするペットボトルの飲み物の内容は多岐に渡った。
緑茶、紅茶、コーヒー、スポーツドリンク。コーヒーはほとんどドリップ派の
「日差し、強いなあ…………」
それでも家の構造的に風通しはいい。
未だにエアコンは取り付けていなかった。萌江自身、エアコンが嫌いなわけではないし、事実として
それでも、この家を通る風が好きだった。
──風が弱い日はキツいけどねえ
ペットボトルを横に置くと、足元のサンダルを引っ掛ける。立ち上がると、外のジョウロを手にして玄関の
最近は雨が降っていなかった。ニュースでは水不足の話題が多い。
使用する水の半分を地下水で賄っているこの家では、不安が全くないわけではない。
そして、もっと不安なのは庭の草木のほうだろうと
「美味しいキュウリとジャガイモが食べたいなあ」
──……最近独り言が増えたな…………
聴き慣れた
──……賑やかになったなあ…………
最初に車を降りたのは
「
叫んで駆け寄った
「なんなのよその格好!」
「何が?」
「下着くらい着けなさいよ!」
「分かった? 透けてる?」
「透けるっていうか分かるでしょ⁉︎ 首から水晶下げる時間あるなら下着だって履けるでしょ⁉︎」
「いいじゃん自分の家なんだから」
「見てるこっちが恥ずかしいのよ!」
「それよりこの暑い日にゴスロリなんてよく着てられるよねー」
「夏服バージョンなんだけど…………」
そして、そこに歩み寄ってきた
「この間はごめん。気持ちがフラついてた」
そして
驚いた顔の
「……私も…………あなたから逃げないよ…………でもごめん
「わ、分かった……ごめん」
大人しく寝室に入っていく
「そっから入っていいわよ二人とも。何飲む? えーっと、ああ、色々冷やしてあるね」
──……結構準備してるじゃない…………
「紅茶ある?」
そう言った
「ストレートティーならあるよ」
「じゃ、私はコーヒーとかあれば…………」
そう言ったのは
「甘いのだけどいい?」
冷蔵庫の扉から顔を出して聞き返した
「あ、そのほうが嬉しいです」
「じゃ、私は緑茶で」
三人がリビングのテーブルを囲むと、そのテーブルの上には大量の紙の束。一緒にあるのはあの夜に
それを見ながら
「これはこのままのほうが良さそうね。
そして
「はい…………あの屋敷の歴史です…………」
「あれから新しい情報は?」
「…………分析結果が出ました」
そして、すぐ隣の寝室のドアが開いて
ダメージジーンズに薄手のトレーナー。いつもラフで緩い服装を好む
「分析結果を聞く前に、まずは私の推測から…………かな」
そう言いながら縁側に置いてあった自分のペットボトルを持ち上げたところで、
「
「ああ、これ?」
「首周りがキツいのって苦手なんだよね…………タートルネックとかダメ。ネクタイも嫌い」
「そうなんだ…………」
不思議そうに
「触りたいの? どちらかというと舐められるほうが好き…………」
「そういうのは興味ないってば」
「それは残念。首が
「そんなこともあるんですね…………」
呟くように言ったのは
おかしなものだと
しかし、
そう、思いたかった。
そして、その
「さて、それじゃ、初めよっか…………その前に一つだけ…………ここでの会話はここだけのものにしてくれる? みんなこのままじゃモヤモヤしたままだろうから今日はハッキリさせるけど、この家を出たら総て忘れること。だから
そんな
そして
「これはあの夜に、あの屋敷の敷地内にあった井戸の組み上げ機の蛇口…………にこびり付いていた
すると
「みんな予測しているように、あの屋敷の最初の住人であるイギリス人家族は病死じゃない…………殺されてる…………問題は、誰に殺されて、誰によってあの屋敷の地下に隠されたのか…………
そう言って
「イギリス人の…………要人を殺した人…………」
「…………やっぱり……そうだよね…………これで繋がった…………みんな、もう一度現場の写真を見てくれる?」
全員がテーブルの上の現場写真を覗き込んだ。
そこにはあの手彫りの地下室。
その何枚かを指差しながら
「ここに明らかに何かの箱状の物が置いてあった跡がある…………手彫りの隠されていた地下室…………この中に置かれていた物はきっと秘密にしておきたい物なはずでしょ? イギリス人が日本に持ち込んで……かつそれを〝許せなかった〟人物が殺人を犯した…………
そして資料の一枚を手に取ると続ける。
「明治政府外国事務総監、
「はい…………」
「私が記事を書いてる雑誌社の親会社です…………見付けるのは大変でしたが…………」
そして
そこには宛名の書かれていない色褪せた茶封筒が一つ。
「残念ながら誰がこれを持ち込んだのかは分かりません。本人かどうかも記録を辿ることは出来ませんでした」
「上等だよ
その
「そしてさっきの分析結果…………〝モルヒネ〟だよ」
☆
その洋館に
微かに雪がチラついていたが、幸いにも積もる程でもないようだ。
運転手でもある通訳と洋館に到着したのはすでに夜の一〇時を回っていた。急な呼び出しだった。
使用人に通された部屋は屋敷のかなり奥の部屋だった。決して大きい部屋ではない。中の小さな裸電球が点いてはいたが、明るいとも言い難い。その大き目のクローゼットのような狭い部屋には、いくつかの木箱が壁際に積まれていた他は中央の小さなテーブルと、そのテーブルを挟んだ向かい合わせの椅子が一つずつあるだけ。
部屋の奥側にイギリス政府外交使節団所属であるアルグレンが座っていた。明治新政府の相談役という立ち位置で来日していた人物だ。明治維新を裏から支えたイギリス政府は明治新政権が樹立した後も日本を支え続けていた。それは技術や知識だけではない。日本に軍隊を作り上げるための武器供与と教育にも熱心だった。
近代化を急いでいた日本にはイギリスを断る理由は存在しなかった。
もちろんそのイギリスからの使者であるアルグレンの待遇は相当なものだった。
「今日は……何か緊急な御用向きですかな」
アルグレンの英語を通訳が日本語にして
「どうしても
「内密ですか…………」
それは、日本国内での麻薬の密売だった。
日本国内で当時一番流通していた麻薬と言えばアヘン。しかしそれは明治維新前から禁止され、新政府が樹立してからも法律で厳しく取り締まっていた。それでも流通していたのは外国からの密輸に他ならない。
イギリスは過去に
「せっかく世界の国々の仲間入りを果たした我が国に────
通訳も困惑した表情のままアルグレンに伝える。
もしも日本での流通に手を貸してくれたらそれなりの報酬とこれからの立場を保障するということだった。確かにこの頃のイギリスは日本政府に対しての強力な権限を有していた。
「買収か⁉︎ どこまで
アルグレンも思わず立ち上がり、笑顔で
そして制止しようとする通訳を弾き飛ばしたアルグレンは拳銃を抜いた。
その手に掴みかかり、懸命に
──……
銃声が響く。
アルグレンが倒れた。
震える
慌てて通訳が部屋を飛び出す。
使用人に
そこに走り寄る通訳の案内で
部屋を覗くと、そこには胸から血を流して倒れるアルグレンと座り込む
「申し訳ありません! 申し訳ありません!」
一時的に陸軍が占拠した屋敷の中で、
「確かに…………これは見過ごせない事案だ…………しかし…………」
殺害現場の部屋の地下に、大量のモルヒネとヘロインが見付かる。どちらも不純物の多いアヘンの粉末から精製される物。確実にアヘンの粉末よりも高値で取引される純度の高い物だ。
「こんな物を密輸して…………日本人を
自然と体が怒りで震え始める。
アルグレンの家族が広い部屋に集められた。
それからの
家族は全員銃殺され、地下室に。
しかし、翌日、
地下室と、その地下室の入り口のあった部屋は大量の土で埋められ、その部屋の入り口は分厚い板を当てられ、一見すればただの壁。その奥に部屋があるようには見えない。
イギリスには病死したとの連絡をし、火葬された死刑囚の骨を送る。
その二日後、
僅かな
日本は、まだ、小さな国だった。
☆
「その後…………あの土地と建物がイギリスから日本に売却されたのは明治八年です」
そう説明するのは
「多分、日本はあの建物が欲しかったんでしょうね。何度も売却の申請をイギリスに出しています。所有がイギリスの内は何かのタイミングでバレないとも限らない。事実隠し続けました。代わりに来日した大使は別の屋敷を作ってまでそっちに住まわせています」
その
「日本を守るためか…………立場を悪くしたくないから何かを隠すって……今の時代でも変わらない気がするけどね…………」
それを
「過去の話だからって……今でも隠したい気持ちも分からなくないけど…………警察が遺体と一緒に回収したのはやっぱりモルヒネかヘロイン?」
「そうだろうね。それでどういうことなのか捜査を開始したら…………国からの圧力で捜査は中止って流れじゃないかな。最悪のことを考えて工事が再開されるまでは山の中に警備をつけてまで守ってる。麻薬の痕跡を見付けられるわけにはいかない…………多分政府には代々、そうやって隠し通さなきゃならないことが他にもあるんだろうね。マスコミに圧力をかけてでも…………」
そして小さく呟いたのは
「あの人は…………本気でこの国を守ろうとした…………あの人の悔しさが入り込んできた…………でも秘密にしたい気持ちもあって…………だから私の中に入るのを
表面的な言葉や文章ではなく、西沙はダイレクトに入り込んできた人の感情を感じていた。
──……よく耐えたね…………国に対する想いなんて…………大き過ぎる…………
「その後は、モルヒネが地中に染み込んで地下水にってことで間違いないんでしょうか」
その
「間違いないだろうね。地下室を埋めた時に入れ物が瓶だったとすれば、割れたりすれば…………この結果だと90%以上の確率でモルヒネが検出されてる。少しずつ摂取し続けて…………病院の死亡診断書までは見付からなかった?」
「さすがにそこまでは古すぎて…………」
そこに刺さったのは
「イギリス家族の後に暮らした二家族はどちらも全員が病院で亡くなってる。問題は最後の家族よね…………どうしてもあそこで死んでるからイメージが強かったんだけど、体調を全員が崩していたのは事実みたい。でも家族を惨殺した主人のイメージで気になるのがあって…………」
すると
「大丈夫? ゆっくりでいいよ」
「うん……大丈夫……ごめん…………あの家で
「ああ…………分かった…………」
突然そう声を上げた
「どうしてリンクするのか分からない部分があったんだけど、もしかしたらその最後の主人って、最初の
そこに
「この間……
「やっぱり…………最後の主人の実家、財産を失って破産してる…………国に土地を徴収されて…………それでも推測の粋は出ないけど…………」
それを
「いえ、間違っていないと思う…………
「幽霊とは、違うんですか?」
「100%の答えじゃないとは思うけど、意思を持った幽霊が何かをしてるって感じじゃないんだよね。何か〝想い〟のようなものって言ったほうがいいのかな…………でも、それがなんなのか、それは私でも
「分かりようがないこともあるもんだよ」
そう繋ぐ
「世の中には、説明の出来ない不思議なことが確かにあるよ。そこに逃げるのは嫌いだけど、なんでも幽霊だの呪いだのっていうのはちょっとね…………事実あの屋敷の〝呪い〟って思われてた部分も〝呪い〟なんかじゃなかった。みんな麻薬で死んだだけ。ただ……
すると
「かなり昔のことなはずなのに、今でも政府が圧力をかけるなんてことホントにあるんですかね?」
応えるのは
「真実は墓まで持っていくって言って死んでった政治家もいるよ。あの世界に足を踏み入れるって、そういうことなんじゃないのかな」
「じゃあ、今回のこの件は…………」
「完全に手を引いて…………私たちのことも、この家のことも…………全部忘れて…………デジタルデータは総て消すこと。ここの資料は私が処分しておく。
警察の情報屋
にも手を引くことは伝えて。それがあなたを守る事になる」「じゃあ
「私たちが受け取った…………それで終わり」
「嫌です! 私は相手が国だって────」
「やめて!」
そう叫んだのは
「あの人は、そんなことは望んでいない…………あの人は国のことを思っていたのに…………その国に裏切られた…………もう…………終わりにしてあげて…………」
その
☆
「
帰り際、車に乗り込む前に
「うん…………もうすぐお盆だしね…………」
すると
「あれ? だって前に、お盆って…………」
「だからだよ。風習は〝想い〟から生まれるもの…………だから必要なんでしょ」
「やっぱり
「なぜ」
その
「
「メッセージ? ……誰…………?」
不思議そうに折られた紙を見続ける
「それと…………これからも呼び捨てでいいから…………じゃあね」
それを見た
「そう言えば…………いつから?」
「…………覚えてない」
「ふーん…………これも
「跳ね返す」
「そんな可哀想」
「お世話になりました!」
「元気でね」
何かを言いかけた
──……もう会えないかもって思ってるの…………嫌だな…………
だいぶ陽が傾いていた。
陽の長いこの時期。時間もすでにそれなり。
テーブルの資料を
「…………明日には処分しておくよ」
そう言った
その声が続く。
「今夜はビールが飲みたいねえ」
その後ろから、
まるで時が止まってしまったかのような瞬間。
そして
「……よく耐えたね…………
「…………気付いてたの?」
気持ちのどこかを突かれたのか、途端に
「私が気付かないと思ったの?」
その柔らかい
「…………悔しかった…………許せない…………」
そんな震える
「昔〝愛国者は国を政府から守れ〟って言った人の言葉を見たことがあるけど…………綺麗事にしか聞こえない…………世界は、そんなに単純じゃない…………私たちには、私たちが生きれる世界がある…………そこで生きて行こうよ…………」
「…………うん」
「気晴らしにアレ見る?」
「さっき
「風景写真?」
「ポートレートって言うの? 詳しくないけど、元々はこっちが本職だって言ってたからね」
表紙の写真は細かな葉で埋め尽くされ、その奥から逆光の日光が所々覗いていた。葉の色は緑だけではなかった。赤、黄色、茶色、それぞれが複雑に折り重なっていた。
まるで動画でも見ているような感覚を
でもそれは、
「なんか、こちゃこちゃとして見にくいなあ。芸術ってよく分からないから…………」
「そう? 芸術って元々は娯楽のことなんだから、無理して崇高な物を求める必要もないと思うよ。芸術ってもっと気楽なものでいいと思う。映画でも音楽でも、芸術と娯楽を切り分けて考える人って面倒な人ばっかり。もっと感じたままでいいのに」
「感じた通りって言っても…………同じデザインでも料理とは違うね」
料理好きの
それは見た目だけではない。
「まあ、好みの問題って言えばそれまでだけど、確かに総てが細かすぎて一見しただけなら何が描かれているのか分からない。でも────だからこそ見ようとする。全体に目を配って、細かい部分を注視する。
「どっちが? 写真? 私?」
「さあ」
「こら」
その
その
「そう言えば、
「ああ、忘れてた」
写真集を開いていた
「ん? どうしたの?」
「…………ごめん…………」
咄嗟に
握り返す
「……ごめん…………だめだ…………」
──……どうしたの⁉︎ 教えて…………
──……じゃあ…………あの二人って…………
〝
男の子も女の子も
二人はいつも近くにいます
水の玉を探しなさい
私はそこで待っています
〟
「かなざくらの古屋敷」
〜 第四部「罪の残響」終 〜