第38話  それは1972年のことだった…④

文字数 8,507文字

前口上:初稿!乱筆乱文誤字脱字ご容赦の程をー…(拝)。




サイコジェニーに関しては今回は触れないのだが最重要コードとなるので今からもう登場しといてもらう。毎回どっかに使う。” Psycho Jeannie ”が正しい表記だと思う。前部は

を表し後半部はあの「かわいい

ジニー」の”ジニー”なのだと推察する…。彼女は魔法でなんでもかんでも自由自在に、お手のものってな具合で出現させたり消すことができる…。

なんで裸の女の体にでかい顔でかい眼なんだろう?。男を惑わす

としてだろな。
輝くばかりの体を覆うたわわの乱れた髪の毛は何でだ?。まるで

を放つが如きだ。
男がどしても目のゆく胸んところにあの眼ががある。そがために怒り肩の形象になる。
相手の注視が是が非でも逸れないようにとの配慮だろう…。

補足:
genie in lamp の genie (ジン)の女性形としての Jeannie みたい…。ご参考まで。



Re:『物語』・『物語』・『物語』… み~んな・一切合切・まとめてー『物語』…。
副題:物語という名の呪、pt.2。*これは隠されたテーマの一つなので再帰させときます。
  
開演!。

  「世界最高峰たる”山”、エベレストを制覇するんや!」
  「その頂上を己が両足もて、しかと踏んじゃる!」
  「そのことが叶える満足感とやらを是非、ひしと(あじ)わいたい」。

詳細:
頂上にては、苦労して携帯してきたボンベ仕様のT-fal(ティファール)にて、そこいらじゅうにある深雪(しんせつ)の雪、押し込んでお湯を沸かすねん。そんでまずはカップ・ラーメンで腹ごしらえして温ったまる。「うまいで〜」。そんでからの、してからに、最後には、余ったお湯もて、コーヒーをば()れるんやー。それもマンデリンの豆からやで〜!。チタン・カップになみなみと満たしたそれを飲み干しながら、俺ってホント…「違いの分かる男や〜ん」って(つぶや)くねん…。
(誰の夢?妄想?紳助?)


これは、明確なる目標を持った

として、既に、完璧に、完成している。

登山する当事者たるこの浪速(なにわ)の男において、その動機とはいかなる内容のものなのだろうか?。そこに何を観て?、その行為にはどんな意味づけを内面ではしてるのか?。

彼らにだって、そこにある心情は、簡単に語りうるものなんかじゃあないだろうさ。
ただ「無性に登りたかった「登りたくなったから」しか言いようはな〜い。

その価値は「実際にやり遂げた者にしか分かりゃ~しなねへよ。理解できねーよー」って言われちゃうんだろうな〜。だから、兎に角、欄外の者がとやかくいうのは、ただの無粋の極みってなもんでしかな〜いー!!!。

でも言っちゃう!(爆)。

投影されているのは彼らにとっての「生だ「世界そのもの「この世の一切合切だ」。それを
圧縮して要約して見せてくれるのが登山という行為なのだ。それに伴う苦しみに、試練に打ち
勝つ。そして達成の証としてその天辺(てっぺん)を踏む。このことに勝利を、満足を、充足を、その生身の全てにおいて味わいたいーだ。

これは、当人らにそんな意識は微塵もないでだろうね。だから直接、彼らにこんなことは
言えない。「こいつくるくるパーだぜ」って言われてしまうのが関の山…w。

別段違ってても構いやしないんだ。これも一つのお話しさ…物語、ファンタジー、etc …。
それでいい。それらの例のを一つ提出すべく想像して描いてみたまで…。


Re:感情。(感情センター)

太陽神経叢がそれのハードなんかもね。但し、実体は全身隈なくに広がり分散してる。センターなんて呼び方はGが好んだからにすぎない。神の分霊としてなのと、それのペルソナ(門)であるのとで二面性ある。後者の特徴としてはエネルギーのコンセント的役割、窓口。奇跡を起こすのには、これからの巨大供給がいる…。個人的には特殊なエネルギー体だと思いたいんだけどね。人としての本体。本質。正体。専門家らには笑われてしまうのだろうけど…。

大事なのは満足とか喜びだとか幸福感は、これの反応に準拠してるってこと。
また嫌悪、怒り、不快、拒絶の色も。こっちの方は「堪ったもんじゃない」って
当の本人らには覚えられてしまう色差し…。

み~んな誰もかれかもが、この世に生を受けたならやってしまうことがある。
ほっといても、何かを探し求めてしまう/いる。熱心に、精一杯、本気で。
全身全霊を傾けて…。そうやって、その目的において生きるってのがヒトの常態。

』さ。

に至らんとしてさ…。

これだけはハッキリと確信をもって言える。このことには感情が深く関わっているーっ…。

何をもって幸せを感じられるかは人それぞれだ。部屋がちゃんと片付けられて清潔な常態。
テニスでファースト・サーブが安定して入るようになった。シャネルの鞄が欲しい/買った。
意中あの娘と今日話をした。給料の振り込み日。整形してまぶた二重になった。大学に合格した。みんなからチヤホヤされる。ミシュラン認定の五つ星の店で食事した。奥さんが優しい。
旦那がみんなやってくれる。子供が尊敬してくれる。エアコン付いた!。いつもコーラが/ビールが冷蔵庫の中には冷えている。筋肉付いてきたー。減量成功したー。もうええわー。w。

でも、どれもこれも結局、その満足の状態は永くは続かないんだ…。「苦労して成し遂げた」ってのは息は長いんだけれど、だとしても、その幸福感はやがてには色褪せていってしまうものでしかない。”そこの満足としてのポイント”が標準化されてしまうからだ…。

そんで幸せを絶えず追い求めてるってのがヒトの常態になるんだ。絶えず、なんらかの

においてヒトは突き動かされている/しまう。この動きは生涯止むことはない。これも断言できる。絶えず今が標準点とされて、時の進行に従って環境は上下の変動変化を表すまで。上に行きゃあ「嬉し」になって、下に行きゃあ「悲し」になるまで。だから、絶えずより上に行ってそこで安定して、またより更に上に行くって努力に精を出すしかなくなる。

このことの背景にも仕組みってやつを、試練/課題ってやつを、観ることができる。”呪”をもって働きかけてくれているんだ。かけられることになってんだ。ぞんざいな話とするならば、ヒトは退屈であることが、ことのほか嫌いなんだ。ことの(ほか)、苦痛だと感じるんようになってるんだ。

何故だか分かるかい?。食すことを禁じられていたエデンの実を食べちゃったからさ。
そんで対象化と観念化の能力の場となる特殊なマインドが備わっちゃったからさ。
これが獣の性との同一化をもって拡張機能(暴走?)しちまっているからなんだ…。

*(一つのファンタジーを語っているだけだからね…。ご注意の程をよろしく…。)

これは『エニグマ』として、ヒトには、あえて定められた事態なのさ。いろいろ探し求めさせて、実地に確認させて、味わってみさせて、そんで真実に価値あるものが本当は何なのかを
自身にて悟らせようとしている。この世とはそういった「創り」になっている…。

仏教における「一切皆苦」なんて教えは邪魔な限りだな〜。万が一、それが真実であったとしても迂闊に語るなよっと、若いうちから小賢しくも、心には止めるなよってな限りだ。
話者はキリスト教徒だからね。w。

とにかく毎日を精一杯、情熱をもって生きるにまでだ。山に登ったっていい。テニスしか暇な
時間を潰す内容がなくたっていい。口座の数字が増えてゆくのを楽しみしたっていい。あなたがそこに幸せを本当に感じるのなら、心底満足を覚えるのならば、それでいい…。それを追い求め続けることこそが「生」なのだから…。

かわいそうな話しとして、明は、ある日、突然、そういった普通の生存を、その全部を、

取り上げられてしまうのだ。それも…まったくの不本意な形で…。

挙句に!。


これほどまでに酷い話はなーいっ!…。



Re: バック トゥ ザ デビルマン



これは通過儀礼(イニシエーション)の様子になる。

明を、これから強制的に大人にする。そのプロセスを Initiate する為の口火としての考案。奇妙にして不気味な
悪鬼とイメージされる被り物を明は

(かぶ)らされることとなる。外見からはバカみたいな様子にしか見えないけれど、当の本人が理解するかはどうかなんてどうでもよくって、その行為そのものにこそ意味がある。そんで、事の実際において、明は気が動転してしまう。中は真っ暗闇で何も見えないからだ。また被るということは、

になる行為にも等しいからだ。当然な展開として恐怖も手伝って明はパニックに陥ってしまう。マインドが暴走を始めてしまう。そんでありもしない妄想を

意識に投影してしまう。まさに当初、彼自身が像に投げかけたイメージをベースとした物語を…。飛鳥了による事前の催眠誘導も功を奏していたに違いあるまい…。驚くほどリアルだ。妙になままなしくって、本当のことなんだと承認してしまう…。

えらく手間をかけた、練りに練られた計画(洗脳)が実行されている。
このことには何故?を思うべきなのだ。そこには、あちら側としての切迫感もある?。
誰が、何故に、明を標的にしたのか?、何故そこまでして急ぐ必要があったのか?。
その必要性を考えてみるべきなのかもしれない…。

注)作者は疾うに暗き力の傀儡と、なり果てている前提で本稿は作成されている。
  構想の段階から既に…かなり…。


不動明は、

の表しでしかない。*このアバターは空海が敢えて連れてきた。
つまり、明は、この世の悪と戦い、それらを慈悲としての御怒りもて、強制的に打ち払う、
断罪する、滅ぼす。悪の根絶がその

使

として生まれてきた人間。

…だったのかもしれない。



そのケースでは、何故、光の勢力が彼に味方をしなかったのか?守らなかったのか?。

その展開の可能性は実は

に負っていた掛かっていたから…。
そんで、彼は、大切な完全体になるべくのプロセスを描くことを先ずは割愛してしまう。

やがてに明を支えるのは同じ悪魔人間たちのみ。
これは未だ「何処かに理性良心を保持している」半大人/半社会人たちのことでしかない。

追記:
   人生を歩む内に、導きは、誰もがどこかで与えられはしてるんだろう。
   各個における、その選択とそれに答えての奮闘にのみ庇護は働く。
   そして更なる導きは加えられるまで。
   デビルマンは、

、取り返しのつかない渾身の失敗作でしかない。


が大きくなり過ぎている。危険な傾向だ…。
同一化が深まりゆくほどに、了は美形に、存在感を増して、そして神々しくなってゆく。
彼としてのビジョンに沿ってのストーリー創作があの物語の実態なのだ。
これは、作中においてゼノンのセリフとして、はっきり明かされている…。




ここには薬物でさえも目的遂行の為に使われている。何故って

かなり理性的で意思もなかなかに強い若者だからだ。LSD等の最強の薬物の利用が当初から計画に入れられていた…。開始の時点においては、美樹ちゃんによる引き留めのみがリスクだった。これは不穏なる事態の発生、その緊急性の演出によって、明に有無を言わさぬ内に、強引に美樹ちゃんからの切り離しを完了する。連続して計画された展開の中に短時間で強引に引き込んでしまう。二人っきりの車での遠距離移動へとシームレスで移る。これは

だ…。

計画の背景に狡知としての知性を、そのやり口を観ていただきたい。ヒトの弱きところ、良心にとっての、引け目負い目となることを最大限に利用してくる。友情の証として、家族との絆の為、愛する人の安全の為、みんなの為、平和の為、平等の為に、等…。そんで意識を混乱させて、ありもしない話を吹き込んで、さも自分が観たか感じたかのように非日常の世界を体験させて、そんで、さらには薬物の投入さえも辞さないやり方。

己が目的の為なら、自分が欲することの達成の為なら、いかな手段も厭わない。
それが彼だ!。彼らだ!。「ひとでなし!」。
獣の界隈に堕ちて生きることを選んだ人間たち。
(まこと)「デーモン」と呼ぶが相応しい…。



次の展開は、そういったそうした仲間はみ〜んな沢山いるんだぜ〜になってる(レギオン)。
観てみなよ、大人たちの多くがそうした生き方をしてるじゃないか?って。
俺たちも割り切って、今、この世界に飛び込んでみようって。
すんげえ刺激的で楽しいもんなんだぜって。

絵的には今となってはあまりインパクトはないな…。でも、健全な常識人としての青年にとってならば、まず怖じけづいて、禁忌として距離をおくべきものだとの判断が即座に下されるはずのもの。そんな乱痴気騒ぎが現場では展開されていたのだと思ってくださーい。

だから、彼らの絶対課題としての目標は、彼に、明ならば絶対に踏み入れることなどまずありえない一線を越えさせることだった。更に、その渦中においては状況を徐々にエスカレートさせていく。肉体の躍動、ダンス、爆音、ビート、リズム。エネルギーの発散に、覚醒に、更にエロの力を借りての魅了。興奮(エレクト)も加えて理性をとにかく無力化してしまう。そして、最後の最後には、暴力までもが持ち込まれることなる。これは、やる側のみからしたらカタルシスたり得るんだけれど、その的にされる側にとっては不条理もいいとこ…。それも天国状態からの急転直下の変化ともなればもうパニックとなるしかなくなる…。

今現在においては、このプロセス自体が、より効果的かつ洗練されたものへと進化している。
ゲームという環境世界において…。目的は娯楽の提供だけではないのだ…。
そして生活の立脚する現実の経済環境そのものにおいてでさえ…。(コロナ脳)



ここで箸休めにデーモンの特異能力を観ておこう…。
例題的には蛇が際立たされている。でだ対象とされるのは女。
暗に蛇によるイブの誘惑を連想することもできるでしょう!。
*依代として、そのエネルギーの導入には目を見張るべき霊性を確認することができる。
*そして高度な知性も。頭良いわ…。普通、世の中で使われるものとは違った意味で…。
*下手な導体であれば、情報の取捨選択翻訳再構築はエラーにしかならない。
 ここは褒めてんの。(どうぞ我が暴言戯言を許し給へ…)
合体は獣とヒトの融合のことでしかない。そして当然に学習能力の例えだ。
それは猛々しくも美しい天使としてのビジョンもあり得るし、
デーモンとしてのグロテスクで醜い姿形としてのビジョンもあり得る。
ポイントは、超克を果たし得たか、それとも堕ちて染まって住処としたかの違いだろう。
サンキュー!。



話は戻って…。血生臭い暴力の舞台と変じてから、矢庭に、明自身がその標的、その供物とされてしまう。展開よろしくもだ。皆して、俺れを殺そうとしている。逃げ場は完全にないし自分を守る手立ても全くない。頼みのパートナーはあっちでひっくり返っていて、もう死んでしまっているやもしれない…。絶体絶命のピーンチ!。

*(実際は、この事態の中において、あの飛鳥了は死んでいる。
  以後は別の存在が、

を担うべくの飛鳥了として再登場してくる…。)

この場面の展開は、時間のテンポが異常に引き伸ばされた感じで演出されている。

ここで何が起こったかと言うと…脱魂だ。それしかありえない。
肉体を残して明の魂だけが、何処か遠くへと逃げだす…。

  これは飼い犬のマルチーズのランちゃんで経験したことがある。
  手術に際してボクの膝下に魂だけで逃げてきた。よっぽど辛く怖かったんだろうね…。

これと入れ替わるようにして、何か別の魂が明の肉体に入る。
そのことによってメタモルフォーゼ(変態)が明の身に起こる…。

現実には、単に成長期を迎えて、成獣となるべくしてのプログラムが極端にその影響を
強め始めたに過ぎない。その側面からの影響が心身ともに大きくなったのことでしかない。
でも、肉体を悪魔と呼ぶのは確かにキリスト教の教義ではある。



*セリフとしては「俺は悪魔人間(アモン)だ!」が正しいはずだ。

(すじ)的には、引き算と足し算で辻褄は合う。だから悪くはないんだけど、問題はこの後だ!。

、事後に、その元の肉体へと戻ってきてしまう…。

まあこれも良しとしておこう。ならばだ!、次点の展開における課題とされるべきなのは、
一つの肉体内おけるこの二つの魂の闘争になるはずなのだ。この局面の作中の整理が自分には
不十分に、インチキに思えてしょうがない。あくまで

高度に保たれてある理性と人並外れた知性の力によって、片側は抑え込まれて支配されているのあの(くだり)がだ…。

「すっ飛ばしじゃねへかー!」

あのデーモンの勇者『アモン』がだぜー!!?。w。

そう易々と軍門に降るわけがないだろー(⤴︎)。



ふざけんじゃねえよー 違うだろーって…。
あのキャラも作者自身の、お前の投影だからだろーって…。
その

としての自身の本質を魂を、自分でも無自覚に無意識にも、
それなりに自覚してるから、信じて愛しているからだろー!。
そんで、それを失いたくないかったんだろーって…。

改めて整理しとく:

肉としての、体たるものは、それに従う[感情-運動中枢-知性]が備わっている。
最初から既に完成されたものとして。発達も随意に(割とほっといても)叶ってしまう。
人格/個性としての我として独立したマインドを保持している。これが明にとってのアモン。

ヒトのみなのは(つまり明オリジナルとしては)魂とか本質のことになる。これは偉い奥手。
この人生における生存において、全てにおいて実質的に主導権を握るべきもの。その自覚としての意識を、その達成に必要な課題を意識にて明確にしてゆくこと(目を覚ます)が課題とされる。より明瞭に鮮明に強化してゆく為には、それ相応の存在の獲得と、その為に、なされるべくの努力が必要となるまで。理性とか高尚なるものを仰ぐ衝動の源泉を自己の中に見出すこととなる。「決して尽きること涸れることののない泉」。サインとしては、真善美、愛を、何故か志向してしまふ…。それが「分け御霊」としての本懐なのだから。

ある意味では…これは侵略行為だわ。
自然としての(ケダモノ)としてのプログラム、その発動/発揮/作動に横槍を入れるのだから。
それのかなりの部分を乗っ取って、
此方が[感情-運動中枢-知性]を支配することがミッションとされているのだから…。




これが作者がかっこいいとイメージする(自身としての)理想像。
若く純粋にして野生的なる完全体としての(オス)。一端の大人。
匂い立つ程までに、どこまでもどこまでもセクシー。←ケモノとしてね。

沸る暴力への偏愛が漲ってますね。
倒すべき、餌食とするべくの相手を探し求める野獣の面構え。
ちょっと狂気が入り混じってる。時代だよ時代。
伝統古来としての獣性(自然なあり姿としての日本)への極端な抑圧 by GHQ。
その開放、その解禁、その悲鳴としての噴出の狂騒時代。
そこで正当化の目的で使われてたロジックこそが見当違いなものでしかなかったのだが…。
正当とされるべきをひっくり返しただけのものだった。(崇)



その傾向性を表す他の作品におけるキャラクター。早乙女門戸ですな…。
身堂竜馬はそれに女性のペルソナを被せての別バージョンでしかない。
アニマ、アニムス合わせて初めて完全同一体となる。それでこそなぜか安定する。
身堂可愛すぎ〜!。本質は女性的な側面がお強い方なのだと思います。



本来(勝手は)、これほどまでに可愛らしい女性を描ける漫画家はまずいない。
拙い単純な描線によってなれど、なんとキャラはみんな命が吹き込まれてしまってるんだ!。
残念ながら、ある時節からは死んだキャラしか描けなくなってしまうんだけれどね…。

それはだ!… 作者の魂が… 断。



⑤へと続く。


次回はシレーヌとカイムについて!。
皆さんには先に考えておいてもらいましょうか…。「あれは何の例え?」。
「本質直感としての能力(耄碌)を発動させるのじゃー!皆の衆よっ」
まあご家庭にもよるでしょうけどヒントは、意外と

なのだと思ふ。
ふふふ…ふふふ…へへへへへ…アッハハハハー。
もう答ゆうてもうとる

!」



不動明にとっての、

となるはずの存在は、身堂たるは、…。
美樹ちゃんであるはずなんだが、
これを

入れ替えてしまう。成り代わってしまう。
ダンテからこのインチキはパターンになってしまってる。
ありゃあいったい誰だ?…。


あっちは絶対にやらないで、ここで言っちゃう。
ジャックは、また別の舞台へと移しての、用意しての不動明王の化身。
つまりは

覚醒したところの不動明が正解。
ご自身が創作において、とみに活発となってしまった


断罪してもらいたかったのかな?。知らんけど…。



なんかいっぱい抜けてしまってるー。

書きたかったことの多くが現在、忘却の淵へと追いやられてしまってるー。

もしかしたらですが…追記をするかも知れません…。

イエライ•イエライ•イエライ•イエライ…


常習犯、崇天村



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