第46話 一度きりの賭け

文字数 742文字

 長い、切ない吐息が部屋の中を満たしていく。
「だが、それも幕引きだ。僕が医者になっても、どんなに高価な薬を使っても、エレナを救えなかった……」
「ジュリオ……」
 絶望の淵で、混乱しながらリシャールは問う。
「すべて王妃の仕業なのか? わたしを陥れるために、罪もないモーリス医師を殺したのか !?
 違う! とジュリオは強く否定した。
「それは違う。クリスティナ王妃は医師を殺してなどいない。モーリスは自然死だ。心臓発作だったんだ」
「自然死……?」
 リシャールは意表を突かれたように彼の言葉をなぞらえた。てっきり王妃が手を下したとばかり思い込んでいた。
「国王陛下を診察しようと、王妃さまと一緒に部屋に向かう途中で倒れたんだ。君の友人で医者である僕がひそかに呼ばれた。彼の死を確認すると、王妃さまは僕に計画を打ち明けた」
 ──わたくし、一度だけ賭けをしてみようと思いますのよ。
 この状況を利用して、リシャールを排斥し、アレンを王位継承者にすること。
 ──賭けに負けた時には潔く罪人となる覚悟です。わが身がどうなろうと後悔などいたしません。
「どうしてクリスティナ王妃はそうまでして……。王位継承権など、望むならアレンに譲ったものを……」
 そんなものを欲しいとは、一度たりとも願わなかったのに。
「王妃さまは君の母上を憎んでいた。聡明で美しく、誰からも愛された前王妃アンリエッタさまを」
 ──リシャールは友です。陥れるなどできません。今のお話は聞かなかったことにいたします。
「一度は断った。だが、君から異国の娘に恋をしたと打ち明けられた。ひっそりと片想いのまま終わっていくエレナが哀れだった」
 梨華は胸がずきりと痛むのを感じた。知らないところで自分の存在が人を傷つけていた……そう考えると切なかった。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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