第52話 初めての恋

文字数 593文字

 最後の祝砲を撃ち終わると、船団は一路、東の大陸を目指して進路を取った。梨華はひとり甲板で遠ざかるガンディア国を眺めていた。
「王妃になりそこなったな、梨華」
 隣に母が立ち、苦笑まじりに語りかけてくる。
「このままガンディアに残ってもよかったのに」
 梨華は、まさか、とわざと明るく肩をすくめてみせた。
「だいたいあたしに王妃なんて務まると思う?」
「まあ……確かにあまり向いていない気もするが……」
 前髪をかき上げ、言葉を濁す母に愉快そうに笑う。
「そうでしょ。おとなしく宮廷でじっとしているなんて絶対に無理。それにあたしは将来は水軍の(おさ)になるんだもの」
「言っておくが、母は当分隠居などせぬぞ」
 もちろんよ、と梨華は尊敬の念をこめて答えやる。
「あたしじゃまだ全然母さまのようにはいかないわ。もっと経験を積まないと」
 王宮の軍隊を追い返した時、母の手腕につくづく感服したものだ。刃も交えず、誰ひとり傷つけることなく得た勝利。荒事だけが力ではないと改めて思い知った。
「ねえ、母さま」
「何だ?」
「母さまが最初に好きになったのって父さま? それとも別の人?」
 唐突な質問に母が眼を丸くする。
「いったいどうした?」
 梨華は水平線に視線を投げたまま、
「最初はわからなかったけれど、今は思うの。ああ、これが恋だったんだって。相手のことを想うと、切なくて胸がいっぱいになるのね」
 勝気な少女が知った、初めての恋。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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