第6話 水軍の長の娘

文字数 598文字

 彼の経験ではここで人々は大いに驚き、恐縮するものだ。
 が、梨華はまるでひるまない。
「王子さまならなおのこと、体を鍛えなきゃ。ヘタレじゃ国を背負う王さまになれないわよ」
「へ、へ、ヘタレじゃと~~~ !?
 もはやアストア伯の顔は真っ赤、血圧急上昇で卒倒しそうである。
「王族に向かって何という口のきき方を──」
「べーつに王族なんて珍しくもないわ。うちの母さまだって羅紗(らしゃ)国の王女だもの。普段は忘れ去られているけど」
 二人のやり取りを聞いていたリシャールが楽し気な笑い声をたてた。
「じいの負けだね。あなたの言う通りです、お嬢さん」
 ふふん、と笑み返すと、梨華は、あ、と思い出したように口元に手を当てた。
「いっけない、この騒ぎですっかり忘れてた。早く戻らなくちゃ。梨奈が心配してるわ」
 くるりと踵を返し、兄に声をかける。
「帰りましょ、兄さま」
「夕食の時間にはもう間に合わないけどね」
 勇利は軽く肩をすくめ、妹と二人で走り出す。その背中にリシャールが呼びかける。
「待って!」
 肩越しに振り返る梨華に、
「じいの失礼はお詫びします。もう一度会って、きちんとお礼を言わせてください。あなたの名は? どこに行けば会えますか?」
 梨華はちょっと考えこんでから、
「港に羅紗水軍の船が停泊しているわ。そこの旗艦に来て。あたしの名は梨華。水軍の(おさ)の娘よ」
 それだけ答えると、異国の少女は一目散に埠頭の方角へと駆けていった。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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