第18話 大変な一日

文字数 700文字

 夜、寝つかれず、梨華はそっとベッドを抜け出した。隣では梨奈が静かな寝息をたてている。
 窓から差し込む月明かりを頼りに化粧台の引き出しから例の指輪を取り出し、かざしてみる。闇の中でも神秘的に輝くサファイア。
 ……これ、どうしよう。
 もちろん断ったのだが、彼が自分の気持ちの証だと、半ば強引に置いていってしまったのである。
 見るからに高価そうだし、何より彼にとって大切な品だ。いずれは返さねばならないが、おろそかにはできない。
 昔、子供だった自分に同じように見事な指輪を見せてくれた人がいた。タジクの王女アディーナ姫だ。結納の品にと贈られたのは姫の瞳の色と同じ、澄んだエメラルド。その指輪を左手の薬指にはめてアディーナ姫は幸せそうに微笑んでいたものだ。
 梨華は指輪を丁重に引き出しにしまうと、ガウンを羽織り、甲板に出た。少し冷たいが夜風が心地よい。
 しばらく港の灯りを眺めていると、背後で呼びかける声がした。
「梨華?」
 聞き慣れた声に、振り向いて笑いかける。
「母さま」
「どうした? 眠れないのか?」
「まあね。今日はいろいろあったから。母さまこそどうしたの?」
「梨華と同じだ。寝つかれなくて、少し風にでも当たろうと思ってな」
 二人は並んで甲板に立った。夜ふけの港は静まり返り、あたりには波音だけが響いている。
「確かに、梨華には大変な一日だったな」
 リシャールと結婚するつもりは全くないのだが、求婚なんてされたのは生まれて初めてだ。頬が熱くて、くすぐったいような、おかしな気分だ。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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