第30話 殺人の動機

文字数 703文字

 王妃は立ったまま、冷ややかな目線をリシャールに投げかけると、
「愚かな真似をしましたね、リシャール・ロウ・ガンディア」
「いったい何のことです?」
「しらを切るつもりですか? 人ひとり殺しておいて」
「わたしは誰も殺してなどおりません!」
「通報が入ったのですよ。宿で争う声と悲鳴が聞こえたと。そなたが殺したのでないのなら、なぜ、同じ部屋にモーリスの死体があったのですか」
 扇を口もとに当てた、氷のように冷たい瞳と声。
「わかりません……ですが、わたしには彼を殺す動機がありません!」
「動機なら心当たりがあるのでは?」
 リシャールは眼を見開いた。王妃の意図が全くわからない。
「なぜわたしがモーリス医師を殺さねばならないのです !?
「あなたは自分に都合の悪い遺言を聞いたモーリスを買収しようとして断られ、口封じに殺したのです」
「わたしに都合の悪い遺言とは何なのです !?
「まあ、とぼけて。王位をアレンに譲るというものですよ。あなたにとって不都合この上ないではありませんか」
 リシャールは唖然とした。言葉も出ない。そもそも王位など欲しくもないのに。
 そこでようやくリシャールはジュリオの存在を思い出した。
「待ってください! わたしは昨夜はジュリオと一緒にいました。彼に訊いてみてください」
「どこのジュリオです?」
「ジュリオ・マクギリスです。わたしの友人で医者の青年です」
 子供の頃からの親友。彼には病弱な妹がいて、いつも気にかけていた。
「どうか彼に確かめてみてください。真相を知っているはずです」
 よろしい、と王妃は扇を閉じた。
「では、ジュリオに確認させましょう。疑いが晴れるまで、そなたはこの部屋から出ないように」




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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