第27話 異変

文字数 827文字

 結局、お茶の時間が過ぎてもリシャールは姿を現さなかった。ほっとしたような、肩すかしをくったような複雑な気分で、梨華は妹と二人でお茶をして自分たちの部屋に戻り、夕食まで本を読んでいた。
 夕食は和やかな雰囲気だった。今日は招かれざる客が来なかったので、彼を歓迎しない三人の男たちはすこぶる機嫌がよい。もちろん彼らとてそんな話題はおくびにも出さないが。
 何やら甲板が騒がしくなったのは、ちょうど夕食が終わる頃だった。
 水軍の者が食堂の扉を(あわ)ただしくノックして、緊張した面持ちで入ってくる。
(おさ)、梨華嬢さま……」
「いかがした?」
 名指しされた母の阿梨と梨華は、訝し気に視線を向ける。
「実は、梨華嬢さまに会いにいらしていたあの王子が、今来ているのですが……」
「リシャールが?」
 梨華はまばたきして訊き返した。こんな時刻にどうしたのだろう。
「だったら中に入ってもらって……」
「それが、どうも様子がおかしくて……とにかく長と嬢さまにお知らせしようと」
 梨華は胸がざわつくのを感じた。嫌な予感がする。
 わかった、と母が答え、梨華と共に食事の席から立ち上がる。当然のごとく他の家族も後に続く。
「ごめん、ちょっと通して」
 甲板の人だかりをかき分け、人々の輪の中央に出ると。
 そこには片膝をつき、肩で荒く息をするリシャールの姿があった。立っていることさえままならないほど疲れ切った様子だ。
 しかも身につけている上着はあちこちが破れ、頬の傷には血が滲んでいる。
「どうしたの、リシャール !?
 あわてて駆け寄り、リシャールのかたわらにかがみこむ。
 彼は顔を上げ、梨華の姿を認めると、力なく笑いかけた。
「ああ……梨華」
「いったい何があったの !? まさか強盗に襲われたわけじゃないでしょ」
 いや、とリシャールはわずかに首を横に振った。
「まだその方がマシだったな」
 皮肉めいてつぶやくリシャールの手を取って、立ち上がらせる。
「話は後でいいから、とにかく中へ。傷の手当をしなくちゃ」




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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