第49話 別れ

文字数 670文字

 国王の葬儀が終わり、明日は戴冠式という夜、リシャールはこっそり王宮を抜け出し、羅紗(らしゃ)水軍の船にいた。
 水軍は明朝、コンテッサを出港する。次にガンディア王国を訪れるのはいつになるだろうか。
「お別れですね、梨華」
 甲板に立つ二人を海風が吹き過ぎる。例によって物陰から祖父と父と兄がのぞいているのだが、この際、気にしないでおく。
「あなたをさらってはいけないでしょうね」
 寂し気に笑うリシャールに、梨華は静かに、けれど揺るがぬ想いをこめてうなずく。
「あ、これ……」
 思い出したようにつぶやくと、梨華は上着の内側から胸に下げていた指輪を取り出した。後ろ手で鎖の留め金を外し、リシャールの手に渡す。
「あなたに返さなくちゃ。お母さまの形見なんでしょ?」
「できればずっとあなたに持っていて欲しかったのですが……」
「その指輪はあなたのお妃となる女性のものよ。あたしが持っているわけにはいかないわ」
「梨華……」
 顔が触れそうなほど間近でリシャールを見上げ、梨華は彼の首に両腕を回し、そっと唇にキスした(祖父と父と兄の、しっぽを踏まれた猫のような悲鳴は完全無視)
「あなたが好きよ、リシャール」
 腕っぷしはからきしだけど、まっすぐで、優しくて。
「でも、あたしは宮廷では暮らせない。海を離れては生きられない。あなたのお妃にはなれない」
「わかっています、梨華」
 リシャールは再び、寂しさを滲ませて淡く笑った。
「共にいてよくわかりました。あなたがどれほど海と船と家族を愛しているか」
 もしも海から引き離して宮廷に閉じ込めてしまったら、この少女は輝きを失ってしまうだろう。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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