第37話 潮が引くように

文字数 385文字

 潮が引くように軍隊が引き揚げていくさまを、リシャールは固唾を呑んで見守っていた。阿梨は剣を手に泰然(たいぜん)と甲板に立ち続けている。
 予想もしていない結末だった。この船の人々を危険にはさらせない。いつ自分が出ていこうかと、そればかり考えていた。
 なのに梨華の母は知略と気迫で、刃を交えることなく、王宮の軍隊を追い返してしまったのである。
「ね、大丈夫だったでしょ」
 誇らし気に、梨華がにっこりする。
 むろん母には本気でコンテッサの街を砲撃するつもりなどない。無関係な住民を戦闘に巻き込むなど、あり得ない。言ってみれば壮大なハッタリ……いや、駆け引きである。
 梨華は窓の外の阿梨に手を差し伸ばし、
「あの人があたしの母さまよ。羅紗国の王女にして水軍の(おさ)。あたしの自慢で、最も敬愛する女性(ひと)
 歌うように言うと、ふうっと息をついて肩をすくめてみせる。
「あたしじゃまだまだ、到底及ばないわ」




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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