第35話 逆鱗
文字数 749文字
「義父 上、やっていただきたいことがございます」
「何かな?」
甲板に出る前、阿梨は義父の勇仁にひとつ頼み事をした。これから王宮の軍隊と交渉を進めていく上で、切り札ともなるべき重要な事柄だ。
内容を聞いた勇仁は、なるほど、と豪胆に笑った。
「さすがは阿梨じゃ。まかせておけ。連中は度肝を抜かれて、さぞかしあわてふためくであろうよ」
勇仁の了解を得て、阿梨と勇駿は甲板に立ち、周囲を見渡した。王宮の軍隊が桟橋を覆いつくさんばかりだ。
ひしめく軍勢に臆するそぶりもなく、阿梨は甲板から問いかけた。
「指揮官は誰だ?」
答えるように馬を前に進めた男がいた。年の頃は四十半ば、羽飾りのついた帽子をかぶり、金モールの軍服を身につけている。
男は尊大な態度で名乗りを上げた。
「わが名はドルイド。王宮警護の総指揮官を務めておる」
カーテンの陰からのぞいていたリシャールは、その顔に見覚えがあった。クリスティナと親しい、いわゆる王妃派の人物だ。
「では、ドルイド指揮官、この有様はいったいどういう所存かな?」
「恐れ多くも国王陛下の侍医を殺めた者が、この船に逃げ込んだという通報が入った。速やかに罪人をお引渡し願いたい」
「はて……罪人とな」
阿梨はわざとらしく首をかしげてみせる。
「そのような者に心当たりはないが」
ドルイドは苛立ちを滲 ませながら、
「隠し立てするとためにならんぞ。ええい、女相手では話にならん。船の責任者を出せ!」
隣で勇駿は阿梨のこめかみにピキッと青筋が立つ音を聞いたような気がした。阿梨が最も嫌う言い方だ。
「あいにくと責任者はこのわたしだ」
腕組みした阿梨の、怒りをはらんだ冷ややかな返答。
「なんと、女ごときが?」
勇駿は内心で深くため息をついた。どうやらこの男は完全に彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
「何かな?」
甲板に出る前、阿梨は義父の勇仁にひとつ頼み事をした。これから王宮の軍隊と交渉を進めていく上で、切り札ともなるべき重要な事柄だ。
内容を聞いた勇仁は、なるほど、と豪胆に笑った。
「さすがは阿梨じゃ。まかせておけ。連中は度肝を抜かれて、さぞかしあわてふためくであろうよ」
勇仁の了解を得て、阿梨と勇駿は甲板に立ち、周囲を見渡した。王宮の軍隊が桟橋を覆いつくさんばかりだ。
ひしめく軍勢に臆するそぶりもなく、阿梨は甲板から問いかけた。
「指揮官は誰だ?」
答えるように馬を前に進めた男がいた。年の頃は四十半ば、羽飾りのついた帽子をかぶり、金モールの軍服を身につけている。
男は尊大な態度で名乗りを上げた。
「わが名はドルイド。王宮警護の総指揮官を務めておる」
カーテンの陰からのぞいていたリシャールは、その顔に見覚えがあった。クリスティナと親しい、いわゆる王妃派の人物だ。
「では、ドルイド指揮官、この有様はいったいどういう所存かな?」
「恐れ多くも国王陛下の侍医を殺めた者が、この船に逃げ込んだという通報が入った。速やかに罪人をお引渡し願いたい」
「はて……罪人とな」
阿梨はわざとらしく首をかしげてみせる。
「そのような者に心当たりはないが」
ドルイドは苛立ちを
「隠し立てするとためにならんぞ。ええい、女相手では話にならん。船の責任者を出せ!」
隣で勇駿は阿梨のこめかみにピキッと青筋が立つ音を聞いたような気がした。阿梨が最も嫌う言い方だ。
「あいにくと責任者はこのわたしだ」
腕組みした阿梨の、怒りをはらんだ冷ややかな返答。
「なんと、女ごときが?」
勇駿は内心で深くため息をついた。どうやらこの男は完全に彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。