第42話 大きな借り

文字数 682文字

 勇利はなんのかんの言って逃れようとするが、兵士が離してくれない。
 こちらから声をかけた手前、無下(むげ)にもできず、仕方なく勇利は梨華とリシャールに目線を送ってよこした。ここは自分にまかせてジュリオを探しに行け、と訴える。
 梨華は大きくうなずくと、リシャールと共にそうっと場を離れた。
 目立たない程度に早足で石畳を歩きながら、リシャールが心配そうに訊いてくる。
「お兄さん、大丈夫かな」
「まあ、何とかなるでしょ。武術の心得もあるし、いざとなれば投げ飛ばして逃げられると思うわ」
 梨華ほどの才はないが、だてに幼少より祖父に鍛えられてきたわけではない。
「あーあ、これで兄さまには大きな借りができちゃった」
 帽子をかぶり直しながら、梨華がぼやく。が、すぐに真剣な表情になって、
「ジュリオは家にも王宮にも拘束されていないのよね?」
 王宮に捕らわれていないのなら、まだ自分たちにも彼を見つけるチャンスがある。
「他に彼のいそうな場所、心当たり、ある?」
 ひとつだけ、とリシャールは答えた。
「街外れの丘に彼の家の別荘があります。海の見える静かな場所で、子供の頃はよく三人で訪れては遊んだものです。もしかしたら……」
 リシャールは慎重に言葉を紡いだ。彼には病気の妹がいて、おそらく一緒のはずだ。行ける場所は限られている。
「じゃ、そこに行ってみましょ」
 あれこれ考えるより、動け。梨華のモットーである。
 二人は人目につかない路地を選びながら、目的の場所へ急いだ。街から外れ、しばらく歩き続けると坂道に出る。登っていくと高台に何軒かの豪奢な別荘が並んでいる。その中の一番つつましいコテージだ。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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