第36話 指揮官の敗北

文字数 642文字

 もはやドルイドの存在など意に介さぬように、凛とした声が桟橋に響き渡る。
「この船には罪人などおらぬ。確たる証拠もなしに、武装した軍隊が他国の船に踏み込むなど許されぬ!」
 毅然と言い放ち、阿梨は意味ありげに接岸している船腹に視線を移す。
 つられてそちらを見たドルイドは愕然(がくぜん)とした。いつの間にか大砲が街の方角へと狙いを定められている。
 勇駿は口もとに満足気な微笑を浮かべた。先刻、父に頼んでおいた通り、実に効果的な演出だ。 
 阿梨は腰に差していた剣をすらりと抜き、眼下の軍隊に突きつけた。
「どうしてもと仰せなら、押し通るがよい。だが、その時にはわれら水軍と一戦交える覚悟がおありかな !?
 一歩も退(しりぞ)かぬ気概をこめた台詞にドルイドは唇を噛んだ。甘く見すぎていた。羅紗(らしゃ)水軍と、それを率いる(おさ)を。
 異国の船といえど、王家の権威と武力をちらつかせば、すんなり乗り込めるだろうと考えていたのだ。
 窮地に陥った指揮官に阿梨は追い打ちをかけるように、
「このまま軍を引かれればよし、さもなければ──」
 ドルイドはきつく拳を握りしめた。戦闘など断じてできない。コンテッサの港を人質にとられたようなものだ。街に被害が及べば自分にも処罰が下されるだろう。リシャールの逮捕どころではない。
 彼の敗北だった。屈辱に満ちた苦々しい言葉が口をついて出た。
「……王宮警護隊はこの場から退却せよ」
 しかし、と反論しかける副官をさえぎって、
「聞こえなかったか? コンテッサを戦場にするわけにはゆかぬ。全軍(ただ)ちに撤退せよ!」




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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