第33話 不敵な笑み
文字数 655文字
長椅子から立ち上がリ、出て行こうとするリシャールの服の裾を、おずおずとつかんだ者がいた。梨奈だ。
「王子さま、行っちゃうの……?」
大きな眼には涙が盛り上がり、今にもこぼれ落ちそうになっている。
まだ九つの梨奈とて緊迫した状況は理解できる。このままリシャールを行かせたら、おそらくは二度と会えないことも。
無邪気な笑顔で宮廷での孤独を癒してくれた少女──梨奈の肩に手を置き、リシャールは優しく語りかけた。
「ありがとう、梨奈。短い間でしたが、一緒に過ごせて楽しかったですよ」
服をつかむ小さな手をそっと外し、歩み出そうとするリシャールを、阿梨が右手を伸ばして止める。
「待たれよ。もう一度訊くぞ。そなたは人を殺 めてなどいないのだな?」
「もちろんです! 誓ってわたしは誰も殺しておりません」
承知した、と阿梨は真摯な表情でうなずいた。
「ならばよい。では、外の連中を追い返してくるとするか」
「え?」
リシャールは碧い眼を見開いた。
「いけません! わたしをかくまえば水軍に迷惑がかかります」
「心配せずともよい。連中は罪人を引き渡せと言っている。が、そなたは殺人などやっておらぬと言う。だからこの船には罪人などいない」
「理屈はそうですが、外にはガンディアの軍隊が……」
なんの、と阿梨は不敵に笑ってみせた。
「わが羅紗水軍とて日頃は船乗りであり、商人だが、何か事あらば武人となる。心配なら、そなたは梨華たちと共に成り行きを見物しているといい」
それに、とやんわり苦笑してみせる。
「この船では梨奈を泣かせるのが最大の禁忌 でな」
「王子さま、行っちゃうの……?」
大きな眼には涙が盛り上がり、今にもこぼれ落ちそうになっている。
まだ九つの梨奈とて緊迫した状況は理解できる。このままリシャールを行かせたら、おそらくは二度と会えないことも。
無邪気な笑顔で宮廷での孤独を癒してくれた少女──梨奈の肩に手を置き、リシャールは優しく語りかけた。
「ありがとう、梨奈。短い間でしたが、一緒に過ごせて楽しかったですよ」
服をつかむ小さな手をそっと外し、歩み出そうとするリシャールを、阿梨が右手を伸ばして止める。
「待たれよ。もう一度訊くぞ。そなたは人を
「もちろんです! 誓ってわたしは誰も殺しておりません」
承知した、と阿梨は真摯な表情でうなずいた。
「ならばよい。では、外の連中を追い返してくるとするか」
「え?」
リシャールは碧い眼を見開いた。
「いけません! わたしをかくまえば水軍に迷惑がかかります」
「心配せずともよい。連中は罪人を引き渡せと言っている。が、そなたは殺人などやっておらぬと言う。だからこの船には罪人などいない」
「理屈はそうですが、外にはガンディアの軍隊が……」
なんの、と阿梨は不敵に笑ってみせた。
「わが羅紗水軍とて日頃は船乗りであり、商人だが、何か事あらば武人となる。心配なら、そなたは梨華たちと共に成り行きを見物しているといい」
それに、とやんわり苦笑してみせる。
「この船では梨奈を泣かせるのが最大の