第12話 真紅の薔薇

文字数 701文字

 彼は梨華の姿を見つけると、馬上から呼びかけた。
「レディ梨華!」
 梨華は周囲を見回し、それからようやく自分のことだと気づいた。レディなどと呼ばれたのは生まれて初めてだ。
「そちらへ行ってもよろしいでしょうか」
 船の規律でむやみに他人は乗せられない。この旗艦の責任者である母の方を向くと、くすくす笑いながら、
「どうぞ、と言っておやり。お供の兵までは困るがな」
 許可を得て、梨華は甲板から返答する。
「いいわよ。ひとりで上がってきて!」
 彼は優雅に一礼すると馬を降り、従者に預けておいた花束を受け取った。兵長らしき者が心配そうに言葉をかけるが、彼は笑って肩を叩くだけだ。
「さて、応接室を片づけてお茶の仕度をしなくては」
 彼が渡し板に足をかけると、母は、この場を仕切るように、ぱん、と手を打った。
義父(ちち)上、勇駿、勇利、梨奈、行くぞ。彼は梨華の客だ。家族がしゃしゃり出るのは野暮というものだよ」
 踵を返し、家族をうながして船室の方へ戻っていく。
 やがて彼は甲板に立つ梨華の前まで来ると、真紅の薔薇の花束を差し出した。
「昨日は難儀していたところをありがとうございました。じいの失礼は心からお詫びします。どうぞ、これを」
「はあ……」
 梨華は眼をぱちくりさせながら大きな花束を受け取った。レディと呼ばれたのも初めてなら、花束など贈られたのも初めてだ。
 その頃になると噂は船中に広がり、
 ──梨華嬢さまにガンディアの王子が会いに来たそうだ!
 ──嬢さま、何かしでかしたのか !?
 ──もしお(とが)めなどあるようなら、一戦交えてでも嬢さまを守らなくては!
 多少のことには動じない水軍の者も、一大事とばかり、我先(われさき)にと集まって来る。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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