第2話 兄の予感

文字数 734文字

 声のする方を見れば、身なりのよい金髪の青年が四人ほどの水夫に囲まれている。
「ですから、わたしは貴方にぶつかってなどおりません」
「おいおい、そんな言い草はないだろう。こいつはあんたとぶつかって肩を痛めちまったんだぜ。ちっとは誠意を示してくれよ」
「わたしにどうしろと言うのですか」
「なあに、少々の治療費を払ってもらえれば丸く収まるさ」
「あいにくと金子は所持しておりません」
「何だと !?
 いかにもお忍びで街に出てきた貴族のお坊ちゃんあたりがカモにされている図だ。
 気色ばむ男たちに取り囲まれたまま、品のいい青年は困惑するばかり。港を歩く人々は皆、巻き添えをくわないよう避けて通っている。
「あらら、からまれちゃって可哀想ねー」
 どこか楽し気な声でつぶやく梨華に、兄はとてつもなく嫌な予感がした。こういう場合、妹は必ずといっていいほど厄介ごとに首を突っ込みたがる。
「ほら、いいから早く船に戻ろ……」
 が、妹をうながし、手を取ろうとした時には、すでに遅かった。
「ちょっと、あんたたち、弱いものいじめなんて男らしくないわよ!」
 止める間もあらばこそ、梨華はつかつかと男たちに歩み寄り、毅然(きぜん)と言い放った。
 男たちは一瞬きょとんとして、腰に両手を当てて自分たちを見上げる少女を眺めた。
「何だ、おまえ」
「何でもいいでしょ。大勢でひとりに因縁つけるなんて卑怯だって言ったのよ」
 たったひとりで飛び込んできた、自分たちよりはるかに小柄な少女に、男たちは薄笑いを浮かべる。
「お嬢ちゃん、度胸は認めてあげるが、無謀なことをしちゃいけないなあ。おじさんたちがいくら優しくても限度ってものがあるんだよ」
「はん、その優しいおじさんたちが、世間知らずのお坊ちゃん相手にゆすりたかりをしているわけね」




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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