第8話 夕食の席

文字数 793文字

「待たせてごめんなさい。決して夕食の時間を忘れていたわけじゃないの。本当よ。ただ、ちょうど船に帰ろうとした時に、がらの悪い連中にからまれていた青年がいてね、放っておけなかったの」
 羅紗(らしゃ)水軍の旗艦の食堂。祖父と父を前にして梨華はしおらしく釈明した。証人として兄が一緒にいてくれてよかったと思う(自分ひとりではあまり信用がない)
「で、そなたが、そのガラの悪い連中をこらしめたと?」
 愉快そうにたずねてくるのは祖父の勇仁(ゆうじん)である。
「もっちろん。相手はたった四人だもん、楽勝よ。兄さまも加勢してくれたし」
「僕はただ、相手の足を引っかけたくらいだけどね」
「梨華の武勇伝がまたひとつ増えたというわけじゃな」
 祖父は豪快に笑ったが、隣の席で父の勇駿(ゆうしゅん)は、
「梨華が強いのはよくわかっているけど、あまり無茶はしないでおくれ」
 と娘を気遣う。
「だーいじょうぶだってば」
 自信満々に答える娘に、父は思わず嘆息して、
「あまり強すぎると、嫁のもらい手があるか心配になってくるよ……」
 梨華は唇をとがらせて、
「別にお嫁になんていかなくてもいいわ。あたしはいずれ母さまの跡を継いで水軍の長になるんだし」
「なに、心配は無用じゃよ」
 祖父は微笑すると父と母の二人に視線を向ける。
「阿梨とて滅法(めっぽう)強かったが、こうしてちゃんと嫁にいっておる」
 祖父の台詞に一同の注目を浴びてしまった母は、ごほん、と咳払いひとつ。
「と、とにかく食事にしよう。皆、お腹が空いただろう」
 本来なら時間通りに夕食を始めるはずだったのだが、梨奈が自分ひとりでも兄と姉の帰りを待つと言う。
 可愛い梨奈が待つというのに祖父と父は先に食事を始めるなどあり得ない。母も自分ひとりだけ先に食事しても味気ないことを承知している。
 そんなこんなで家族全員で梨華と勇利の帰りを待つことになったのだ。
 要するに、冷静(クール)な母を除き、この末っ子は家族中から溺愛されているのである。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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