第25話 暗い衝動

文字数 622文字

 政治、外交、経済、それらを必死に勉強した。王妃として立派に務めを果たせるように。
 やがて第二王子であるアレンが生まれる頃には、もう誰も前王妃と彼女を比べる者はいなくなっていた。クリスティナは名実共にガンディア国の王妃となったのだ。
 しかしアンリエッタの亡霊を払拭したはずのクリスティナにも、どうしても消し去ることができない存在があった。リシャールである。
 リシャールは男子なのに、容姿は日ごとにアンリエッタに似ていくようだった。輝く金髪。澄んだ青い眼。瞳に影を落とす長い睫毛(まつげ)
 アレンはむしろ父に似ていた。栗色の巻き毛と鳶色の瞳。
 外見だけではない、資質も父王に似ていた。思慮深く、賢明だ。今も自分のそばで国政や外交を学んでいる。
 政治になどまるで関心のないリシャールと違い、アレンこそが真に国王にふさわしい。
 が、もうじきリシャールは二十歳になり、正式に王太子となる。国王は病の身だ。もし万一の事態が起これば、リシャールが次の国王となる。
 クリスティナはきつく唇を噛みしめた。ただ先に生まれたというだけで、国王たる自覚も才能もないリシャールが王位につくのだ。
 その現実はクリスティナにとってどうしても容認できない理不尽さだった。
 躊躇している時間はない。何とか手を打たねば。
 アレンを王位につけるためなら、地獄に堕ちようとかまわない──。
 長年の鬱屈したわだかまりと、わが子への盲目的な愛が、本来なら聡明な王妃を暗い衝動へと駆り立てていた。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み