第16話 男たちの背中

文字数 608文字

 リシャールは言葉も返せない。すんなりと受け入れてはもらえまいと思っていたが、こうも思い切り断られようとは。
 ──わたしとあなたさまでは身分が違います。とても結婚など……。
 彼が考えていた理由はこんな類だったのだが、どうも違う。恐縮しているのではない。この娘は堂々と胸を張ってノーと答えているのだ。
「あたしは海の民よ。風を追い、自由に海原を往く生活が好きなの。(おか)では、まして王宮なんて窮屈なところでは到底暮らせないわ」
 極めて明快に説明すると、梨華は耳を澄ませた。扉の向こうで人の気配がする。それもひとりではなく複数だ。
 向かいあって座っていた椅子から立ち上がる。不思議そうに梨華を見るリシャールに、しっ、と唇に指を当て、足音を忍ばせてドアへと歩いていく。
 そうして勢いよく応接室の扉を開けると、祖父と父と兄が重なって倒れこんできた。
「三人とも何やってるのよ」
 梨華の冷たい視線と声が彼らの上に降り注ぐ。
「あ、いや、その……」
「これは、つまり……」
「おじいさま、父さま、お、重いっ」
 下敷きになっていた兄が悲鳴を上げ、祖父と父はあわてて身を起こす。 
「来客中よ。盗み聞きなんてしないでちょうだい!」
 梨華の剣幕に三人はそそくさとその場を離れていく。
「まったくもう、うちの連中ときたら……」
 梨華が思い切り閉めるドアの向こうに退散する男たちの背中を眺めながら、礼儀正しい王子さまであるリシャールは茫然(ぼうぜん)と口を開けていた。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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