第47話 運命の歯車

文字数 888文字

 運命の歯車は狂い始めた。ジュリオは王妃の賭けに加担した。モーリス医師を殺害されたように偽装工作し、疑いがリシャールに向くように。
「すまなかった、リシャール」
 ぽつりと詫びて、懐から一通の手紙を差し出す。賭けに負けた時を考え、クリスティナがジュリオの立場を気遣ってしたためたものだ。
 ──そなたは病気の妹のため、わたくしに利用されただけ。よいですね?
「王妃さまがご自身の筆で書いてある。エレナの治療費を出す代わりに、僕に偽証するよう命じたと。これで君の無実を証明できる」
 リシャールは無言で歩み寄り、手紙を受け取った。眼の前の友になんと声をかければよいのか、わからなかった。
 ジュリオはかたわらのテーブルに置いてあった赤ワインをグラスに注ぎ、ゆっくり口元に運ぶ。
 甘い木の実のような香りがふわりと辺りに漂い、梨華ははっとした。この匂いには覚えがある。昔、祖父から知識として教わった。……毒薬だ。
 背筋を戦慄が走った。
「飲んではだめ!」
 叫びながら、必死にジュリオからグラスを奪おうとする。
 が、梨華の手が届く前に、赤い液体がジュリオの喉をすべり落ちていった。ひと呼吸置いて、彼は胸を押さえ、妹の横たわる寝台の脇に崩れ落ちた。
「ジュリオ!」
 リシャールは床に膝をつき、彼の体を抱き起した。ジュリオはリシャールの腕の中で、かすかに笑みをたたえ、
「ひとつだけ頼みがある。どうかエレナと僕を一緒に埋めてくれ。三人でよく遊んだこの場所に……」
 還ろう。幸福だったあの頃に。
 ──兄さま。
 薄れゆく意識の中、妹の姿が浮かぶ。両手を広げ、自分を(いざな)うように優しく微笑んで。
 ──今、行くよ、エレナ……。
 ジュリオは静かに眼を閉じ、瞼は二度と開かれなかった。
 いくら呼びかけても答えぬ友に、リシャールは慟哭(どうこく)した。
 どうしてこんな結末になってしまったのか。いったい何が悪かったのか。
 エレナが病弱なのを知りながら、彼のかかえた苦しみに気づいてやれなかった。
 後悔。自責。涙……。友の亡骸(なきがら)を抱きしめたまま、リシャールは長い間、肩を震わせていた。
 梨華は何もできず、ただ二人のそばに立ち尽くしていた。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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