第23話 白羽の矢

文字数 603文字

 会見はそれで終わりだった。そもそも肝心のリシャールがいないのでは、詳しい話もできない。
「母上、この後はお忙しいですか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「でしたら少し息抜きに庭園を歩きませんか」
 ちょうど薔薇が見頃の季節で、庭園は心地よい香りに満ちている。
 自分の速度に合わせてゆっくりと歩いてくれる息子に、クリスティナは先程までの苦い感情が消えていくのを感じた。
「また背が伸びましたね」
「そうですか?」
 首を傾げるアレンにクリスティナは慈愛のこもった眼差しを向ける。
「じきにわたくしを追い越しますね」
 アレンは小さい頃から優しい子だ。今までにも、どれほど息子の存在が支えになってきただろう。
 薔薇の香りに包まれながら、クリスティナは嫁いできた頃を思い出していた。
 前王妃が亡くなり、喪が開けた時。宮廷は次の王妃を選ばねばならなかった。残された王子はまだ幼く、母が必要だ。それに一国の当主がいつまでも独り身というわけにはいかない。
 公的にも私的にも国王は新しい妃を必要としていた。
 そこで白羽の矢が立ったのがクリスティナだった。前妃のアンリエッタとは従妹(いとこ)にあたり、家柄も申し分ない。
 初めて宮廷から意向を伝えられた時、クリスティナは驚き、畏れ多いことだと身を震わせたものだ。
 最初は辞退したものの、宮廷侍従長のソラリスは熱心だった。国王陛下もクリスティナさまを妃にと望んでおられます、その言葉が彼女を決心させた。




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登場人物紹介

梨華(りか)


強く美しい乙女に成長した、水軍の長の娘。十八歳。武術の才は母譲り。

母の跡を継いで、将来は水軍の長になるのが目標。

リシャール


ガンディア国の第1王子。梨華に一目惚れしてプロポーズする。

美形で紳士だが、ややヘタレ。

勇利(ゆうり)


梨華の双子の兄。理知的で穏やかな少年。勝気な妹に振り回されること多し。

梨奈(りな)


梨華と勇利の9つ下の愛らしい妹。家族に溺愛されている末っ子。

阿梨(あり)


梨華が敬愛する母。羅紗国の王女にして水軍の美しき長。

しなやかな知略と一歩も引かない剛毅さを合わせ持つ。

ジュリオ


リシャールの幼馴染で親友。リシャールが巻き込まれた事件の鍵を握る。

クリスティナ


ガンディア国の現王妃。リシャールの継母。

自分の息子アレンを王位につけるべく陰謀をめぐらせる。

エレナ


ジュリオの妹。ひそかにリシャールを慕う病弱な少女。

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