7月17日 おばあちゃんの「油雞」とコロナワクチン

文字数 3,401文字

 台湾に、苦苓(クゥ・リィン)という作家がいます。
 わたしが台湾に来た頃(ずいぶん前ですが)は、本もいっぱい出しているし、テレビ番組の司会とかもやっていました。だから、わたしみたいな外国人でも、すぐ名前を覚えてしまったのです。

 苦苓のスタイルは、機智に富んだユーモア(時にかなり皮肉なユーモア)で、とても人気がありました。ところが、急にテレビに出なくなってしまい、新作が書店に並ぶこともなくなってしまったんです。後で知ったところによると、この方はちょっとスキャンダルがあって、それで一時期表立った活動ができなくなっていたのです。

 でも、最近、またテレビにも出るようになりました。今の苦苓はいい意味で肩の力が抜けていると言うか、以前のように積極的にばんばん仕事をこなすわけではないようですが、出れば相変わらず面白いです。こういうのを中国語では、「寶刀未老(パオ・タオ・ウェイ・ラオ)(宝刀未だ衰えず)」と言います。

 そんな苦苓が、昨日フェイスブックにこんな文章を公開しました。タグは「#感人肺腑鄉土極短篇小說」。意訳すると、「#読む者の肺腑をえぐる感動の台湾ショートショート」というところでしょうか(実はこのタグからしてかなり皮肉なのですが、それは拙文を最後まで読んでいただければおわかりになると思います)。

 このショートショート、「さすが、苦苓!」と思わず声を上げるほど非常に秀逸なのです。以下、日本語訳して紹介しようと思います。
 ちょっと家族関係が複雑なのですが、昔の田舎の大家族をイメージしてお読みください。

 〇

 おばあちゃんの家の近所に、「油雞」(中華料理の一種)を売る店ができました。そこでおばあちゃんは喜んで、家族のためにいっぱい買って帰りました。でも、子供たちはその日、さほどお腹が空いていなかったのか、あまり食べずにかなりの量を残してしまいました。
 それでも食べようとする人もいたのですが、誰かが食べようとすると、叔父さん(母の弟)が怒るのです。「その油雞を食べると、身体を壊すぞ」「あの店で売ってるのは、どっかのやつの食い残しだ!」。結局、誰も食べられませんでした。おばあちゃんは、油雞を買うのをやめるしかありませんでした。
 何日かが過ぎ、両隣の家の人も油雞を買いました。香ばしい匂いがおばあちゃんの家まで漂ってきます。子供たちは、急に自分たちも食べたいと騒ぎ始めました。でも、油雞の店は今や大人気で、行列しても変えません。
 すると、叔父さんが文句を言い始めました。おばあちゃんの考えは浅はかだったと言うのです。「どうしてみんなの気が急に変わるかもって予想できなかったんだよ?」、「あの店がまだそれほど人気がない時にまとめて買っておけばよかっただろ!」と責め立てました。
 叔母さん(母の姉)はがまんできなくなって、叔父さんを叱りました。「あの時は誰も食べようとしなかったじゃない。たとえあの時たくさん買っていたとしても、腐らせてしまったに決まってるわ」
 でも、叔父さんは反省しません。それどころか、家の門のところに出て大騒ぎしてみせます。「お袋の役立たず! オレは油雞が食べたいんだよう!」
 お隣さんは見ていられなくなったのでしょう、買った油雞を分けてくれました。おばあちゃんは感激して御礼を言いましたが、叔父さんは「隣の人は自分たちが要らない油雞をくれたんだよ!」「オレはそんな乞食みたいなまねは真っ平さ!」とまだ悪態をついています。
 他のきょうだいたちが、もらった油雞を食べようかどうか迷っていたその日の夜のことです。なんと叔父さんは自分だけ、台所でこっそり油雞を食べていたのでした!
 それから、だんだん油雞が買えるようになりました。みんなが食べられるようになったのです。でも、叔父さんだけはまだ、油雞を食べながらおばあちゃんのことを「この役立たず!」と罵り続けています。
 叔母さんは、おばあちゃんに尋ねました。「あの弟は、どうしてあんなにやくざなの? もしかして実の子じゃないとか?」
「そうさ、実の子じゃないんだよ」おばあちゃんは溜息を吐いて言いました。「あの子はね、あんたたちのお父さんが中国で不倫してつくったロクデナシなんだよ」

 〇

 さて、このショーショートは何を伝えようとしているのでしょう。
 先ず「叔父さん」の悪劣さが非常に際立っていますよね。そして、家族のためを思って行動している「おばあちゃん」が、あまりに気の毒です。

 実はこれ、最近の台湾社会を見事に描き出した寓話なのです。

「おばあちゃん」は与党・民進党政府です。
「油雞」は、もうお分かりでしょう、コロナワクチンのことです。
「叔父さん」は野党・国民党※1。
「お隣さん」は日本です。

 台湾が500日間、コロナの国内感染者ゼロという世界記録を打ち立てていた時、民進党政府は既に先を読み、中国からの圧力にも負けず、高度な外交手腕を発揮して水面下でのワクチン獲得に動いていました。その時、AZワクチンの危険性などを大仰に騒ぎ立てたり、中国製ワクチンを称揚したりして※2、政府の足を引っ張り続けたのは国民党でした。

 しかも、不幸な偶然が重なって、台湾がコロナ禍に見舞われるや、国民党は今度は、「ワクチンが足りないのは政府が無能なせいだ」と責め立てました。
 やがて、日本からワクチンが提供されることになりました。大部分の台湾人が日本に対して感謝の気持ちを表明する中、国民党は上記のショートショートに描かれた通り、まだ懲りもせず幼稚なイチャモンをつけていました。しかも、自分たちは特権を悪用し、こっそりAZワクチンを接種していたというのだから、開いた口が塞がらないとはこのことです。

 これら一連のコロナワクチン狂騒曲は、このエッセイの中で何度も紹介しているので、前の記事もお読みくださっている方には、苦苓が描いたショートショートがいかに痛烈な皮肉に満ちているかおわかりになると思います。

 寓話は、物語であるからこそ、ニュース記事よりもはっきりと、読む者に〈真実〉を伝えてくれることがありますが、この短い物語は、正にそういう作品だと思います。

 苦苓のフェイスブックの原文は以下の通りです。※写真は前半部分のみ。



 こういう政治的な醜い話は精神衛生によくないので、民進党の元立法委員(日本の国会議員に相当)で医師の林靜儀さんが、今日のフェイスブックで公開したイラストを紹介しようと思います(このイラストは自由に使用して構わないそうです)。



 これまでに台湾にコロナワクチンを提供してくれた国は、四か国なのですが、それぞれの国をイラストで表しています。日本に擬されている動物は――これは、言うまでもないですよね!

 このイラストこそ、大部分の台湾人の気持ちを表していると言えます。
 最近、日本のニュースで、台湾の国民党の主張が紹介されることも一部あるようなのですが、あれは困った「叔父さん」の意見にすぎず、大部分の台湾人はこの「叔父さん」に呆れ果てていることをご理解いただければ幸いです。

 あ、そうそう!「油雞(ヨウ・チー)」というのは、こんな料理です。



※1 このエッセイでは既に何度も紹介していますが、念のために書いておくと、第二次大戦終結後、蔣介石率いる国民党が台湾を統治しました。戦後、蔣介石と共に台湾に渡ってきた人々を「外省人」、戦前から台湾に居住していた人々を「本省人」と呼びます。国民党は228事件に代表される白色テロや、38年間にも渡る世界最長の戒厳令を敷き、蔣介石・蔣經國という親子二代に渡る独裁政権として台湾を統治しました。国民党と、現与党・民進党(本省人の政党)の政治的対立は現在まで続いており、台湾社会における「分断」化現象の原因と言われています。

※2 「一つの中国」政策を掲げる中国が、台湾問題を「内政問題」だと一方的に主張し、「中国の一部である以上、台湾は中国製ワクチンを使うべき」という奇妙な理屈で、台湾のコロナワクチン購入を妨害しているのは公然の事実です。現実には、台湾の法律により、中国からのワクチンの輸入は禁じられているのですが、国民党は一部の台湾人を扇動し、中国製ワクチンを輸入しろと騒いでいたにも拘らず、自分たちはこっそりAZワクチンを接種していました。こうした一連のワクチン騒ぎは、このエッセイでも紹介しておりますので、ご興味のある方は前の記事をお読み下さい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み