１１月２６日　台北市長選挙レポート（三）

　台湾で、「蔣」という姓は特別な意味を持ちます。

　1945年、中国共産党との戦いに敗れた蔣介石は国民党を率い、日本が撤退した後の台湾にやってきました。

　この人たちが所謂「外省人」で、それ以前から台湾に住んでいた台湾人は「本省人」と呼ばれます。

　1947年2月28日には、「二二八事件」と呼ばれる、国民党による大規模な本省人虐殺事件が起きました。その被害者は1万人とも2万人とも言われています。※

　ここから、外省人と本省人の溝は始まっています。外省人の政党である国民党と、本省人の政党である民進党(1986年に結成）の対立の根はここにあります。

　蔣介石とその息子である蔣經國は、親子二代に渡って、台湾人の上に独裁者として君臨しました。台湾が民主化したのは、1988年に李登輝が総統になってからです。

　蔣介石というのは、ある意味、典型的な独裁者だったのですが、その息子である蔣經國はその後に続く李登輝の民主時代の橋渡し的な役割を台湾史の中で演じました。

　蔣經國のユニークな点は、「蔣家の人間は、今後一切政治とは関わるな」と遺言したことです。

　ここで不思議なのは、今回の台北市長候補の蔣萬安です。

　本人の言によると、「蔣經國の孫」なんだそうです。

　あれれ？　

　蔣家の人間は

政治とは関わらない

んじゃなかったの？

　ここに、歴史の裏話的事情があるのです。

　蔣萬安の父親は蔣孝嚴という人で、かつて国民党の副主席を務めたことがあります。ただ、この人は元々、

章

孝嚴という名前でした。姓を非常に重んじる中華世界において、改姓というのは、極めて特殊なケースです。

　いったい、どういう事情があったのでしょう？

　章孝嚴の母親は章亞若といいます。つまり、章孝嚴は元々母方の姓を名乗っていたことになります。

　台湾は（中国も同じ）「夫婦別姓」ですが、子供は普通、父親の姓を名乗ります。

　ということは、母方の姓を名乗っていた章孝嚴は、婚外子ということになるのです。

　章亞若は最初の夫と死別した後、かなり社交的な？　というか、奔放な？　というか……まあ、そういう人生を送った人でした。

　相手が普通の人なら特に問題はなかったのですが、その相手というのがなんと蔣經國だったというのです。（当時蔣經國は既婚者でした。夫人はロシア人）。

　台湾の維基百科(wikipedia)には、はっきり「蔣經國情婦」と書いてあります。（中国語の表現って露骨！）

　ところが、それだけではないのです。

　この章亞若はその前から、蔣介石の腹心のひとりであった郭禮伯という高官の「情婦」であったと言われています。

　つまり、ここで問題になっているのは、「蔣孝嚴の本当の父親は誰か」ということなんです。（いきなりドロドロ系昼ドラマ?!）

　まあ、この辺の事情に関しては、いろいろ「名探偵」の活躍があるのですが、その調査結果から総合的に判断すると、章孝嚴の父親の姓は「蔣」ではなく、「郭」だった疑いが濃厚、ということになります。

　それならなぜ、姓を「章」から「蔣」に変えることができたのか、この点がかなり不透明な台湾現代史の謎になっています。

　しかも、姓が変わったのは2003年のことですから、ずいぶん最近の話なんですよね……。

　とにかく、国民党支持者にとって、「蔣」という姓が特別な意味を持つのは言うまでもありません。

　弱冠43歳の蔣萬安が、国民党擁立候補として台北市長選に打って出るのは、この「姓」と無関係であるはずはありません。

　陳水扁や馬英九のように、台北市長を務めた後、台湾総統になった例もありますから、蔣萬安が今の国民党の中でいかに期待を集めているかわかろうというものです。

　だから、「蔣萬安は本当に蔣經國の孫なのか」問題については、選挙期間中もかなり話題になっていたのですが、渦中の蔣萬安がＤＮＡ鑑定書などを提示することはありませんでした。

　また、本家（？）である蔣經國の子孫たちは、蔣萬安が蔣經國の孫であるとは認めていません。

　これだけグレーゾーンなのに、世論調査によると、蔣萬安支持者はかなり多いのだとか……。

　もう、どうなってるの～～?!

　今回の台北市長選挙三つ巴戦の中で飛びぬけて若いのは蔣萬安ですが（陳時中68歳、黃珊珊53歳）、「過去の亡霊」感が一番強いのは、実はこの人です。

　……というわけで、めちゃくちゃ盛り上がっている台北市長選です。
　開票は本日、台湾時間午後4時（日本時間5時）からです。

　現場から、南ノでした。
　
※「台北二二八紀念館‧探索二二八事件」URL：https://228memorialmuseum.gov.taipei/cp.aspx?n=5FD2DBAFF988BC0B