6月11日 台湾ワクチン騒動と「口嫌……」

文字数 3,687文字

 いきなりですが、中国語クイズです!
 次の中国語の意味は何でしょうか? 

口嫌體正直(コウ・シィエン・ティー・チェン・ジィー)」。

 中国語習ったことないのにわかるわけないだろうって? いやいやいや、よく見て下さい。ちなみに「體」は台湾の繁体字で、日本漢字に直せば「体」です。

 え? これでもわかりませんか。仕方ないですね。では、漢字の間に以下の言葉を補ってみて下さい。――「は」「と言っても」「は」「だな!」

 はは、そうです。元はあの、やや品に欠けるところのある日本語です。
 
 ちょっとここで註を入れておきたいのですが、中国語にも元々、「正直(チェン・ジィー)」という語はあります。でも、日本語の「正直(しょうじき)」とは意味的にちょっと違うんです。
 日本語の「正直」は「嘘をつかない」というニュアンスが強いですが、中国語の方は「曲がったことの嫌いな」、あるいは「生一本」な性格を表します。だから、中国語では本来この語を、日本語のように、「正直に言え」というような文脈では用いないのです。
 文学作品を例にすれば、漱石の『坊っちゃん』の主人公は、「正直(チェン・ジィー)」です(まあ、確かにあの主人公も嘘はつかないんですけど)。
 ところが、日本語由来で「口嫌體正直」の語が入って、

定着してしまいました。元々は若者のネット用語だったのですが、最近ではかなり一般化しています(いいのかな?とちょっと思ってしまいますが…)

 このように日本語由来で中国語になった言葉は他にもあります。「小確幸(シャオ・チュエ・シィン)」(村上春樹の言葉「小さいけれど確かな幸せ」の漢字の部分を取ったもの)とか、「逆轉勝(ニィ・チュアン・シェン)」(「逆転勝ち」の漢字の部分を取ったもの。日本の野球用語から入った)などです。

 なぜこの言葉から始めたかと言うと、さっき読んだニュースのタイトルになっていたからです。
 どんなニュースを見ていたかって?
 ご、誤解しないで下さい! ――台湾ワクチン騒動に関するニュースです。

 台湾政府のワクチン購入が中国の妨害を受けているという話は、以前にこのエッセイでも紹介しました。
「一つの中国」を主張する中国は、対外的に台湾問題は「内政問題」であると(うそぶ)き、中国製のワクチンを購入するよう台湾に働きかけて(いや、もっと露骨に脅して)いるのですが、台湾の法律では中国製のワクチンの輸入は許されません。
 
 時にあからさまに武力統一をちらつかせる中国に対する自衛策として、この法律は理に(かな)っています(ワクチンの名をかりて生物兵器でも入ってきたら大変ですから)。
 台湾は今自国製のワクチンを開発中なのですが、それが完成するのは早くても七月末以降になると言われています。中国製のワクチンを台湾に入れるなんて、それこそ相手の思う壺ですし、AZやモデルナワクチンを購入しようとすると妨害される。しかも、国内の患者数は日に日に増えてゆく……実際、台湾政府はかなり追い詰められた状況になっていました。だからこそ、日本からのAZワクチンの提供は、正に干天(かんてん)慈雨(じう)のように歓迎されたわけです。

 でも、台湾国内にもいろいろな声があります。
 台湾では政治的な話題を扱う時に、あらかじめ相手に、「あなたは(みどり)? それとも(あお)?」と訊くことがよくあります。

「緑」というのは、台湾の独自性を重視する与党民進党の、そして、一方の「藍」は、中国寄りの野党国民党の党カラーです。これを確かめずに、うっかり政治の話題を口に(のぼ)せたが最後、大げんかになってしまうことがままあるからです。
 報道番組などでも、「緑」と「藍」の両陣営ははっきり分かれていて、同じニュースを扱っても、「立場の違いによってこうもニュアンスが変わってしまうのか」と驚くというより呆れてしまいます。ほとんどパラレルワールドです。

 世界中がコロナ禍によって大混乱に陥る中、500日も台湾を守り続けたのは、現政権及び防疫に関わった方々の最大の功績であり、それは何人(なんぴと)たりとも異議を挟むことのできない事実です。
 今回は不幸なアクシデントが重なって、ついに台湾もコロナ禍に見舞われてしまったわけですが、この時とばかりに政権批判を、まるで鬼の首でも取ったかのように、あまりに心ない、ひどい言葉で声高に展開する野党国民党側の発言を見ていると、本当に「同じ船に乗っている」人たちなのかな、と正直疑問に感じてしまいます。

 ……ここで、わたしが今朝見たニュースに戻ります。
 事件の概要は以下の通りです。
 台湾の雲林縣の元縣長である張榮味が特権を悪用して、本来は自分の順番ではないにも拘らず、割り込みでAZワクチンを接種していたというのです。
 しかも、この人、自分だけではなく、元立法委員(日本の政治制度では「国会議員」に相当する)の娘・張嘉郡にも接種させていた疑惑が、民進党議員の調査によって浮かび上がりました。
 この張榮味という政治家は元々とんでもない人で、雲林縣縣長時代の2018年に、収賄により有罪判決を受け、今年の5月31日に仮釈放されたばかりなんです。
 そんな人が割り込みでワクチン接種、しかも自分だけでなく、娘にまで特権を享受させていたとなれば――娘の方は現段階では疑惑とは言え、「どうなってるんだ、雲林縣!」と言いたくなるのは当然です。
 でも、台湾国民の怒りが爆発している理由はそれだけではないんです。
 
 この張家は、バリバリの国民党籍の政治家の家で、娘の張嘉郡の方も、これまでさんざん中国ワクチンを台湾に入れるべきだと主張し、現政権を批判していたんです。ところが、いざAZワクチンが来ると、最もワクチンを必要とする、防疫の最前線で命を懸けて頑張って下さっている医療関係者をさしおいて、自分だけこっそり接種していただなんて、事実だとすれば、「天地不容(ティエン・ティー・プゥ・ロン)(天も地も許さない)」とは、正にこのことでしょう。

 しかもあろうことか、この娘の方は、ちゃっかり医療関係者を応援するメッセージを持った写真などを公開して、「いい人」を演出していたのですから、開いた口が塞がりません。

 このトンデモ事件を報道したニュースのタイトルが、ずばり――

 口嫌體正直

 口では中国ワクチンのすばらしさを吹聴し、日本と良好な関係を築いている現政権を、汚い言葉でさんざん批判しておきながら、自分の体に打つのはAZワクチンかい! 口は嫌と言いながら体は正直だな!

 という意味なのでした。
 皮肉として、なかなかいいパンチを放っていると思います。そこに日本語が一役買っているところが面白いし、今回使われたAZワクチンは日本が提供したものでなく別ルートのもの(日本提供分は来週月曜日頃から使われるらしい)だそうですが、日本のAZワクチン124万回分が大きな話題になっているこの時期、二重の皮肉になっていると思います。

 それにしても――
 
 コロナ禍というのは、ある意味、ふだんは巧妙に隠されている人間の本性を曝け出してしまうスイッチのようなものなのかもしれません。

 ちなみに、清く正しく(笑)生きているわたしは、ワクチン接種の順番は、おそらく最後の最後のグループになるというのがわかりました。

 でも、これはわたしの年齢と職業の問題で、外国人であることとは全く関係ありません(念のため)。

 では、今日のBGMの時間です。劉若英の「後來」です。
 URL:https://youtu.be/t0igPuDjYUE

 この曲は、日本の皆さんは懐かしいと思われるのではないでしょうか。1998年にリリースされた沖縄出身の女性二人組歌手の楽曲のカバーです。
 日本語オリジナルの歌詞の冒頭の「ほら」と、台湾バージョンの冒頭の「後來(ホウ・ライ)」は発音が似ていますよね。もちろん、わざとでしょう。ただ、その後の歌詞はオリジナルとは全然違って、すごく切ないラブ・ソングです。

 実は、わたしはこの台湾バージョンの方がオリジナルより好きなんです。表現の仕方に対する、単なる好みの問題だと思いますが、オリジナルの歌い方って、ちょっと一本調子の気がして、最初はいいなと思っても、何度も聴いているうちに飽きてくる気がするのですが、劉若英(リィウ・ルゥオ・イン)は女優としても有名なだけあって、表現力により深みがあるように思うのです。

 まあ、好みと言われれば、それまでですが……^^;

 参考までに、今朝の例のニュースのURLを貼っておきます。

 URL:https://www.msn.com/zh-tw/news/national/%E5%8F%A3%E5%AB%8C%E9%AB%94%E6%AD%A3%E7%9B%B4-%E5%BC%B5%E5%AE%87%E9%9F%B6%E9%BB%9E%E6%AD%8C-%E6%BC%94%E5%93%A1-%E9%80%81%E9%BC%93%E5%90%B9%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E7%96%AB%E8%8B%97%E5%8D%BB%E6%90%B6%E6%89%93az%E7%9A%84%E9%9B%B2%E6%9E%97%E5%BC%B5%E5%AE%B6/ar-AAKU78O?ocid=msedgdhp&pc=U531
 


 
 





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