8月26日 外国語って難しい!

文字数 2,552文字

 突然ですが、機械翻訳って便利ですよね。
 しかも、以前と比べると訳文の精度だって格段に上がっていますし、これならもう――

 外国語なんて、お金払ってまで勉強する必要はないのでは?

 と皆が考えるようになっても不思議ではない、というか、もう大分そうなっている気もします。

 まあ、外国語教育界隈というのは、それがどんな言語であっても、現代における斜陽産業のトップ争いに華麗(?)に加わっていると見て間違いないでしょう。

 ただ――

 外国語学習って本当に必要ないのかと言えば、「それもちょっと違うのかな」と思うのです。

 今日は、そんなお話です。

 最近、ツイッターで続けざまに、「ええ?」となるような中国語を見かけたんです。

 一つ目は某ミステリ作家さんのツイート。
 その作家さんは「自著が台湾で翻訳出版された、やったぜ!」という意味のことを先ず日本語で書いた後、台湾読者に向けたものと思われる繁体字中国語のコメントを記していました。
 原文は以下の通りです。

 感謝所有台灣人喜歡我的書。我想有一天參觀。

 この中国語を日本語に翻訳すると、以下のようになります。

 全ての台湾人が僕の本を好きになってくれて感謝! いつか見学したい。

 攻めてますねえ!
 なんかもうめちゃくちゃ強気、自信満々。
 何しろ「全ての台湾人が僕の本が好き」ですからね! ちなみに台湾の総人口は約2300万人……。

 この中国語ツイートは、「台湾全人口2300万人が、みーんな僕の本を好きなんだぜ!」と自慢していることになるのです。

 それと、「いつか見学したい」の部分についても、「そうですか、でも何を?」と思わずツッコミを入れたくなってしまいます。(もうお気づきと思いますが、本日はちょっと黒南ノが入っております)

 現代の日本にそこまで心臓の強い作家はいないでしょうから、明らかに翻訳ミスだと言えます。

 わたしの推測ですが、この方はたぶんこう言いたかったのではないでしょうか。

 私の本を読んで下さった全ての台湾の方に感謝します。

 もしそういう意味だとしたら、次のように書かなければならないのです。ポイントは「所有」(全ての、一切の)という単語の後の語順です。

 感謝所有喜歡看我的書的台灣朋友!

「喜歡」というのは、「好き」という意味です。日本語の感覚としては、「私の本が好き」で問題はないのですが、中国語としては「看」(読む)という動詞を入れて、「私の本を読むのが好き」と書いた方が自然になります。

 このように、中国語では語順と「」(日本語の連体格助詞「の」に相当)の使い方が非常に重要なのですが、この点が機械翻訳ではうまくいかず、しばしば全く違う意味になってしまうことがあるので注意が必要です。

 また、「台灣人」より「台灣朋友」の方が文字通りフレンドリーで、丁寧な感じになります。
 
 わたしの上述の中国語を日本語に再翻訳すると――

 私の本を気に入ってくれた全ての台湾の友人たちに感謝します!

 となります。
 あの作家さんが本当に言いたかった意味に近いのではないでしょうか。
 
 ただ、「いつか見学したい」の部分は謎フレーズなので、直しようがありませんでした。

 もう一つ別なツイートをご紹介しましょう。
 これも「自著が台湾で翻訳出版された、嬉しい!」系のツイートだったのですが、作者は日本人の獣医師さんらしく、内容は猫に関するものでした。

 台湾版タイトルの中に「貓奴」という単語が入っているのですが、日本人獣医さんはその点に言及し、「貓奴」とは「喜んで猫の奴隷になっている人」の意味だと説明しています。その部分は正しいんです。

 問題はその後……。

「ちなみに猫好きをさらに極めた人のことを猫星人と呼ぶらしい…」

 と書いてあるのですが、これが――

 ちっ、がーう!!

 のです。

 まず「

星人」ではなく、正しくは「喵星人(ミャオ・シン・レン)」です。
(ミャオ)」というのは、猫の鳴き声を表す擬音です。
 これは、「猫好きな人」ではなく、「猫そのもの」を表しているのです。

 この語の元になっているのは「外星人(ワイ・シン・レン)」(宇宙人)という単語です。
 猫は、当然ながら人間とは違う種族であり、いったい何を考えているのか人智でははかり知れない(?)ところがありますよね(そこが魅力でもあるわけですが…)。
 だから、(地球人ではなく)宇宙人に譬えているのです。
 要は、猫のことをユーモラスに「ニャンニャン星人」と呼んでいるわけなんです。

 ちなみに犬に関しては「汪星人(ワン・シン・レン)」という呼び方があります。
 こちらはもちろん、「ワンワン星人」ですね!

 猫の飼い主を「貓奴」と言うのと同じ理屈で、犬の飼い主に対しては、「狗奴」(犬の奴隷)という言葉を使います。

 一般的に中国語では、犬の意味を表す語として「狗」の字を用います。「犬」の字ももちろんあるのですが、こちらは「黃金獵犬(ホゥアン・ジン・リィエ・チュエン)」(ゴールデンレトリーバー)というように、犬の種類を表す時などに使います。
 
「貓奴」も「狗奴」も、飼い主が自分自身に対して使用することが多く、かなり自虐的な呼称なのですが、他にもっと自虐的な言い方があります。それが――

 鏟屎官(チャン・シィ・グゥアン)

 です。
「鏟」というのは「スコップで掘る」という意味。「屎」はつまり……外来語の「シッ〇」に当たる言葉ですね。「官」は「官職」の意味を表します。

 つまり――

「(犬や猫の)ウ〇チ処理担当官」という意味です。

「鏟屎官」は犬と猫の飼い主どちらにも使える語なのですが、どちらかと言うと猫の飼い主に使われることが多いようです。

 その理由は、猫の方が犬より人間の言うことを聞かず、マイペースに独自路線を貫く点にあると考えられます。

 その性格から、台湾では猫を「皇帝」みたいな存在として擬人化することが多いんです。
 猫皇帝がいばって、「おい、ウ〇チ担当官!」と飼い主を呼ぶと、飼い主はいそいそと笑顔で駆けつける。
 ユーモラスで、且つなかなか幸福な場面ですよね。

 さて、話は戻りますが、外国語を正しく使うということは、やっぱりなかなか難しいものなのだなあ、と上記二つのツイートを見て改めて思いました。

 機械翻訳華やかな現代ですが、外国語を自分で学ぶ大切さ、そして何より外国語を学ぶ楽しさは、まだまだなくなったわけではないと言えるのかもしれません。
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