11月6日 日本の文庫本と作家の色 ※今回も台湾とは関係ありません

文字数 2,573文字

 今回も、前回に引き続き、本の話をしましょう。
 日本の文庫本――日本にいるうちは当たり前だと思っていましたが、外国に身をおいていると、改めてこれは立派な日本の文化だなあ、と思います。

 台湾では、ほとんどの紙の本がソフトカバーのみで発売されます。日本の文芸書みたいに、最初はハードカバーの単行本で出し、次にそれを文庫化するというような二段階式の出版方法はありません。台湾の本の大きさは標準がA5サイズなので、正直かなりかさばります。
 その点、日本の文庫本はほとんどがA6サイズ(ハヤカワ文庫などの例外はありますが)。持ち運びに便利なだけでなく、字の大きさやフォントなどに工夫が凝らされていて、小さいけれど読み易いんですよね。

 でも、日本の文庫本の特徴は読み易さだけではありません。もう一つ大きな特徴として挙げられるのは、背表紙です。背表紙には出版社の違いが現れていて、とても興味深いものがあります。

 ぱっと見では全部同じように見えるのが、岩波書店の岩波文庫。でも、よく見ると下部の線(表紙の一部だが、「帯」と通称されている)に違いがあります。海外文学は赤帯。近現代日本文学は緑帯。同じ日本文学でも古典文学は黄帯。まあ、岩波文庫の場合は、近現代文学と言っても、既に古典の域に入っているような気もしますが……笑

 筑摩書房のちくま文庫は、日本文学か海外文学かで背表紙の色をちょっと変えているだけで、作家ごとには分けていないみたいです。全体的には同じように見えますね。
 創元推理文庫も、国内ミステリと海外ミステリで色が異なりますが、作家間の違いはないし、角川文庫も基本的にそのタイプです。

 河出文庫は、ちょっと見た印象では、日本文学も海外文学も関係なく、背表紙は全部同じに見えるのですが、よく見ると作者名の上に小さい四角があって、その色が違うんですよね。作者名の上に小さな四角があるという点は、徳間文庫も同じです。

 作家ごとに背表紙の色を変えている出版社もあって、これはコストはかかるのでしょうが、作者買いをする人にとっては、特定の著者の本を探し易いというメリットがあります。新潮文庫、講談社文庫、文春文庫、集英社文庫などがこのスタイルです。

 作家ごとに色を変える文庫の中でも、講談社文庫、文春文庫、集英社文庫が、黄色なら黄色、青なら青……と、比較的はっきりした色遣いなのに対し、新潮文庫には微妙な色の違いがあります。
 新潮文庫は、現在唯一ひもの栞を使っている文庫であること、また天アンカットという珍しい製法(岩波文庫も同じ。だが、岩波文庫は新潮文庫と異なり、ひも栞ではなく紙栞)を堅持していることでも、独自路線を歩んでいる感があります。

 新潮文庫の背表紙の微妙な色遣いというのは、どういうものでしょうか。
 わたしにとって、新潮文庫の背表紙で特に印象深いのは、青の色です。前回紹介した山本周五郎の背表紙は、少し銀が入っているような薄い青。村上春樹も青ですが、周五郎よりは濃い青です。わたしが大好きな北杜夫はほとんど紺に近い青で、川端康成も同じ色。江國香織は春樹と杜夫の中間のような青ですね。

 山本周五郎と北杜夫に関しては、新潮文庫から大部分の作品が出ているために、わたしの中では新潮文庫の背表紙の色がそのまま、それぞれの作家のカラーになっています。

 新潮社は老舗(しにせ)文芸出版社ということで、文豪の作品でもお馴染みですが、例えば三島由紀夫は背表紙がオレンジ――ちょっと赤みがかった熟柿のような色で、作品タイトルは黒文字。でも「三島由紀夫」という作者名は白抜きになっています。
 
 新潮文庫の谷崎潤一郎は、背表紙が白、タイトルが赤、作者名は黒で、三島由紀夫と同じく三色使用です。例えば、真っ白な背表紙に赤字で「細雪」、その下に黒字で「谷崎潤一郎」。
『細雪』は他の文庫からも出ていますが、やはり新潮文庫が一番美しく、作品のイメージにも合っているとわたしは思います。

 特に一社にかたまっていない作家は、文庫によって背表紙の色が変わり、それに合わせて作家イメージまで変わる気がするから面白いです。例えば田中慎弥は、新潮文庫では宮本輝と同じ黄土色に近い黄色ですが、集英社文庫になると、伊集院静と同じ濃い青色になります。

 講談社文庫の背表紙はかなりはっきりした色遣いで、あまり微妙な色合いの違いはないように見えるところが、逆に特徴だと思います。だから、違う作家同士でよく色がかぶるんですよね。そこがわたしには面白く感じられます。

 例えば、講談社文庫の村上春樹の背表紙は黄色。
 村上春樹が『風の歌を聴け』で第81回芥川賞候補になった時、「私には『本当にそんなに簡単に意味をとっていいのか』という気持にならざるをえなかった」と評して、「△」を付けた遠藤周作と同じ色です。余談ですが、この時の選考委員は、遠藤のほかに吉行淳之介や安岡章太郎らもいたのですが、吉行が遠藤と同じく「△」をつけ、安岡に至ってはコメントゼロでした。こうして見ると、春樹が芥川賞を獲れなかった理由は、「第三の新人」の文学観と合わなかったからなのかもしれません。

 講談社文庫の小川洋子の背表紙は灰色で、池波正太郎と同じ色。純文学である小川洋子の『密やかな結晶』と時代小説の大家池波正太郎の『仕掛人・藤枝梅安』が同じ色というのが、わたし的にはけっこうツボです。

 講談社文庫では、他には赤川次郎、村田沙耶香、向田邦子が、いかにもオレンジという感じのオレンジ色で、多和田葉子もオレンジと言えばオレンジですが、こちらはちょっと赤っぽいオレンジになっています。

 文春文庫で一番印象的なのは、松本清張の背表紙の真っ黒さ(タイトル、作者名は白抜き)! 清張は代表作が『黒革の手帖』や『黒い画集』で、「黒の作家」とも呼ばれていたのですから、作家イメージにぴったりだと言えそうです。

 平積みは別として、一般的に本を買おうとする時、わたしたちは背表紙を見ます。文庫本に関しては、特にその傾向が強いです。
 基本的には背表紙に書かれたタイトルと作者名から、わたしたちは必要な情報を得て、その本に手を伸ばすかどうかを決めているわけですが、実は背表紙の色というのも、意外にいろいろなことを、ひそかにわたしたちに語りかけてくれているようです。
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