1月5日 台湾総統選挙について

文字数 4,273文字

来週の土曜日——1月13日は、台湾にとって重要な日です。

それはこの日、2024年台湾総統・副総統選挙が行われるからです。

この選挙は実質的に、頼清徳(総統候補)蕭美琴(副総統候補)を擁立する現与党・民進党と、侯友宜、趙少康を擁立する野党・国民党、それから柯文哲、吳欣盈を擁立する民衆党の三つ巴の戦いになると予想されています。

この三つの政党の政策の違いを、思い切りざっくり紹介すると――

民進党(アメリカ、日本との関係を重視)
VS.
国民党、民衆党(中国との関係を重視)

ということになります。

ですから、選挙の結果次第では、日本と台湾の関係が大きく変わる可能性もあります。

わたしが中国語を学び始めたきっかけとしては、元々中国の歴史や文化が好きだったことが挙げられます。

でも、やっぱり、文化と政治は別な話

台湾に住んでいるわたしは、はっきり民進党支持派です。

日本国内で、どのような報道や分析が行われているかはよく知りませんが、実際に台湾に住んでいる日本人として言わせてもらえば、もし国民党や民衆党が台湾総統・副総統選挙に勝利した場合、「日本にとって、何一ついい結果はもたらさない」ということは、断言してもいいと思います。

台湾の総統・副総統は、国民の直接選挙によって選ばれます。また同時に、「立法委員」(日本の国会議員に相当)の選挙も行われます。

民進党的には、総統・副総統選挙に勝利することのほかに、立法委員選挙で過半数の議席を獲得することが大きな課題になっています。

もちろん、誰にも思想の自由があり、様々な政治的立場があります。台湾人の中でも支持政党がかなり分かれていることは、民主国家として、ある意味当然だと思います。

ちょっと台湾に関する知識がある(と思っている)人の中には、何十年も前からの情報が更新されず、いまだに「本省人=民進党支持」「外省人=国民党支持」と短絡的に考えている方もあるようですが、現在の台湾で「本省人か?外省人か?」という血統的違いで支持政党を分けるのは、ほとんどナンセンスに近いです。(もちろん、台湾の近現代史的問題として、歴史背景としての「本省人と外省人の対立構造」を理解することは重要なのですが)

現在の台湾の政治状況はかなり混沌としており、だからこそ、いっそう来週土曜日の選挙結果が気になるところです。

今回、皆さんにご紹介したいのは、民進党が製作した選挙動画です。つい最近YouTubeにアップされたのですが、今台湾国内で大きな話題になっています。

タイトルは、「《在路上》 #交棒篇」です。



URL:
https://youtu.be/H4kGNldUQGw?si=YXVHCk_zsZHK0171

「在路上」とは「途上」という意味、「交棒」「バトンタッチ」という意味です。

運転席でハンドルを握っているのが蔡英文現総統であり、助手席に座っているのが、賴清德現副総統(2024年総統候補)です。

車の中で、二人の会話はこんなふうに始まります。(蔡=蔡英文、賴=賴清德)

蔡「你第一次坐我的車吼」(私の車に乗るのは初めてね?)
賴「不算吧!我們一起上路四年了耶!」(そんなことはありませんよ。私達は四年間、ずっと同じ車に乗ってきたではないですか)

この台詞は、蔡総統・賴副総統のコンビによって台湾のかじ取りをしてきた、この四年間を表しています。(台湾の総統・副総統の任期は一期四年、再選は一回のみと定められている。蔡英文は二期計八年に渡って総統を務めたが、賴清德が副総統を務めたのは、蔡英文政権の後半の四年間)

では、動画の続きを見てみましょう。

蔡「那一路走來有什麼樣的感覺呢?」(じゃあ、この四年間を振り返って、どう思う?)

すると、少し考えた後で、賴副総統はこう答えます。

賴「非常充實,也充滿挑戰」(とても充実していましたが、挑戦に満ちたものでもありました)

その言葉に、蔡総統は深く頷きます。

蔡「說實在的,真的是很不容易」(正直なところ、本当に容易なことでなかった)

この言葉には、非常に実感が籠もっています。この四年間は、台湾にとって大変重要な時期でした。

蔡総統が掲げた「台湾の国際的地位の向上」という政治理念が、大きな成果を上げたことは、歴史的に見て、疑いようのない事実だと思われます。

さて、以上の部分は華語(中国語)での会話が進行するのですが、この後、二人はいわゆる台湾語(閩南語)に言語チェンジします。

賴副総統が口にする「守護台灣的民主」(台湾の民主主義を守る)という言葉は、やはり台湾語で聞いた方が心に響くような気がします。

この後はまた、華語(中国語)に戻ります。

賴「外面好像風很大」(外は風が強いみたいですね)
蔡「有感覺到?」(わかる?)
賴「但我沒什麼感覺。你開車開得很穩」(でも、揺れている感じはないですよ。あなたの運転は、しっかりしているから」
蔡「因為有你在旁邊幫我看,讓我能夠放心開」(それは、あなたがとなりで見ていてくれたから。私は安心して運転に集中することができた)

上記のセリフが比喩であることは、あえて解説するまでもないと思います。

こういうセリフが、時と場合によってはかなり皮肉屋にもなる台湾人の心に静かな感動を与えているのは、この四年間でふたりが築き上げてきたものが偽りではなかったことの、一つの証明だと思われます。

この動画は、決して奇を(てら)わず、淡々と進むのですが、そこにかえって、二期八年に渡った蔡英文政権の、自らの政治的功績に対する自信のほどがうかがえる気がします。

それから、車窓を流れる台湾の風景の美しさも、ぜひ味わっていただきたい部分です。ロケーションの地点は以下の七か所です。

1. 台北市內湖環東大道
2. 新北市淡水北新路
3. 台北市北投中央北路二段257巷
4. 宜蘭縣五結利澤西路
5. 新北市瑞芳台2線
6. 新北市三芝台2線
7. 新竹縣北埔台3線

これらの美しい風景の中で、二人はとても味わい深い言葉を交わします。

蔡「如果我少了一邊的耳朵,會怎麼樣呢?」(もし私の耳の片方がなくなったら、どうなってしまう?)
賴「嗯……你會聽不清楚」(ん...…はっきり聞こえなくなるでしょう)
蔡「如果我另一個耳朵也不見了呢?」(もしもう一方の耳もなくなったら?)
賴「那你會失去聲音的方向性。而且你收音範圍也會變小」(音声の方向性がわからなくなります。可聴範囲も狭まるでしょう」

※賴副総統は、政治家になる前は内科の医師(専門は腎臓)だったので、このあたりのセリフには専門家らしい雰囲気が漂います。

蔡「而且我還會看不到,因為我戴眼鏡」(それに、私は見えなくなってしまう。眼鏡をかけているから)←最後のこの台詞は「耳たぶがなくなると眼鏡がかけられない」という意味で、さりげないユーモアです。

続いて、この「耳」の(たと)が、「総統選に勝利するだけでなく、立法委員選挙で民進党が過半数を獲得すること」の重要性を表していたことが明らかにされます。

「どうやってこの問題を解決するつもり?」と訊ねる蔡総統に、賴副総統は「今がんばって、様々な異なる領域から、優秀な人材を招聘しているところです」と答えます。

この後、動画の2分20秒あたりに、面白い場面が出てきます。サイドミラーに、反対車線を走る「青いトラック」「白い乗用車」が映り込むのです。

「青いトラック」「国民党」「白い自動車」「民衆党」を表しています。なぜそうわかるかと言うと、国民党の政党カラーは「ブルー」(青)民衆党のそれは「ホワイト」(白)だからです。

ちなみに、民進党の政党カラーは「グリーン」(緑)です。

ですから台湾では、相手の支持政党を確認する時、「あなたは緑? 青? それとも白?」のように訊くことが多いのです。

「青いトラック」「白い乗用車」が、反対車線を逆方向に走っているというのが象徴的ですね。

この後、「交棒」(バトンタッチ)という文字が映され、蔡総統は運転席から降りて手を振り、代わりに賴副総統が運転席に移動し、助手席には新副総統候補蕭美琴さんが座ります。そして新しいコンビである二人は、こんな会話を交わすのです。(蕭=蕭美琴)

賴「你想怎麼走?」(あなたは、どんな道を行きたい?)
蕭「OK、我們走民主路。民主路一直走。」(OK、民主の道を行きましょう。民主の道を、どこまでもまっすぐに)
賴「那我們同一路囉」(なら、私達は同じ道だよ)
蕭「你確定?你選貓?還是狗?」(本当ね? じゃあ、あなたは猫派? それとも犬派?)

実はこの蕭美琴さん、蔡英文総統と同じく、大変な「猫好き」として知られています。

一方の賴副総統は、有名な「犬好き」です。

賴副総統は笑いながら、「自分はやっぱり犬(狗)を選ぶ」と言った後で、こんな言葉を口にします。

――「民主社會就是可以容納多元」(民主社会とは、多元的な価値を認める社会だ)

構成として、とてもうまいですよね!

内容については、「何を今さら当たり前のことを」と思うむきもあるかもしれませんが、今世界の多くの国で、かつて常識であったはずの価値観が大きく揺らいではいないでしょうか。

そして、次のような言葉が続きます。

蕭「出去一趟就會知道,台灣真的走在世界很前面」(ちょっと海外に出てみると、台湾は本当に進んでいるのがわかります)

この言葉に、わたしは深く首肯(しゅこう)するものです。

蕭美琴さんは、動画から伝わる通り、穏やかで品のいい雰囲気の方ですが、これまで台湾の外交戦略上、最も重要なポストである駐米代表(「大使」に相当)を務めていた、大変優秀な人物です。

この方が「海外に出てみると、台湾が本当に進んでいるのがわかる」と語るところに、非常に説得力があるのです。

それに続く賴副総統の言葉は、世界共通であるべき価値観の再確認という意味で、とても重要だとわたしは感じました。

――「沒有和平和民主就不是台灣了」(平和と民主がなければ、それはもう「台湾」じゃない)

声高に自らをアピールすることもなく、口汚く対立候補を(おとし)めることもなく、静かに、でも力強く、政治理念と基本方針を提示する。非常によくできた動画だと思います。(国民党と民衆党の候補者は、民進党と真逆の選挙活動を展開しています。やれやれ、です……)

ところで、蕭美琴さんのあだ名は、戰貓(チャン・マオ)と言います。なぜこんなユニークなあだ名がついたのかについては、ご本人が「猫好き」であるほかに興味深いお話があるのですが、既に4,000字を超えてしまったので、この話題については、別の機会に書いてみたいと思います。
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