4月20日 夜貓子とおでん?黑輪?關東煮?

文字数 2,970文字

 晴れ。
 いきなりですが、昨晩(と言うか今日)停電があったんです。
 住んでいるアパートの一階のドアの所に貼紙があって、「4月20日 午前零時から20分、〇〇〇〇の修理のため停電」と書いてあったんです。(この〇〇〇〇の部分は忘れました、はは!)

 わたしはどちらかと言うと夜更かしタイプの人間なので、12時にはまだ寝てない――寝られない――ので、いくら20分だけとは言え、12時に停電というのは困りました。家の時計で11時55分過ぎにはパソコンを消して、「そろそろかなあ」と思っていると、パチンといきなり真っ暗。停電なんて久しぶりなので、けっこう新鮮でした。ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』は素晴らしい小説ですが、わたしの方は別に小説になりそうなことは起こらず、所在なさに携帯でも見ようかとしているうちに、またパッと電気がついたんです。
 貼紙には「20分」と書いてあったのに、実際のところ5分にも満たなかったみたいです。いったい何だったんだろう、謎の停電です。

 ところで、中国語では「夜更かし」の人のことを「夜貓子(イェ・マオ・ヅ)」と呼びます。「夜貓子」というのは、夜行性の鳥の代表である「フクロウ、ミミズク」のことで、だから「夜更かし」の比喩になるのですが、わざととぼけて台湾の人に訊いてみると、けっこう知らない人が多いんです。

私:「どうして夜更かしの人を『夜貓子』って言うの?」
友人A:「さあ……。考えたことなかった、そんなの」
友人B:「あ、わかった。猫って夜行性だからじゃない?」
(その猫じゃないんだって!)←わたしの心の中のツッコミ。

 まあ、台湾の人の名誉のために言っておきますが、わたしが訊いた人たちがたまたま知らなかっただけだと思います。現代の中国語では、「フクロウ、ミミズク」は、「貓頭鷹(マオ・トゥ・イン)」という単語を使うのが一般的だからでもあるでしょう。言われてみれば、確かにフクロウって猫っぽい顔をしてますよね。

 ただ、なぜ同じ鳥を「貓頭鷹」と言ったり、また「夜貓子」と呼んだりするのでしょうか。
 (シン)の時代に書かれた小説『兒女英雄傳』に次のような記述があります。

 這老梟大江以南叫做貓頭鴟,大江以北叫做夜貓子,深山裏面,隨處都有。※1

 つまり、大江(揚子江)以北ではフクロウのことを「夜貓子」と読んでいたというわけですね。日本語でも、同じ料理を関東で「おでん」、関西では「関東煮」と呼んだりしますが、こうした(たぐい)の地域による言葉の違いであるようです。
 台湾でも日本の所謂「おでん」が食べられますが、奇妙なことに台湾では「黑輪」と「關東煮」という二つの表記法があります。「黑輪」という表記は、実は日本語の「おでん」を台湾語によって音訳したもので、「オ・レン」と読みます。

 日本人から見ると中国語の発音というのは非常に複雑で難しいのですが、逆に台湾人日本語学習者は日本語の清音と濁音の違いに手古摺(てこず)ります。中国語には「有氣音」と「無氣音」と言って、息が出るか出ないかの違いによって識別する(これが日本人にはめちゃくちゃ難しい!)音があるのですが、日本語の「有声音」と「無声音」のように声帯の振動の有無によって識別する音はないので、違いが聞き取りにくいんですね。※2

「おでん」が「オ・レン」になったのも、日本殖民地時代に、台湾の人にとって発音しにくい(あるいは聞き取りにくい)日本語のダ行の音がラ行の音で代用されたという話を聞いたことがあります。
 ただ、現在では「黑輪」を台湾語ではなく北京語で発音する台湾人も多いです。北京語では「ヘイ・ルン」となるので、日本人がこれを聞いても、元々「おでん」の音訳だったとは想像もつかないに違いありません。

 面白いのは台湾のコンビニエンスストア(7-11(セブンイレブン)全家(ファミリーマート))では「黑輪」ではなく、「關東煮」の表記が使われていることです。台湾の日本式コンビニは関西系なのでしょうか。よくわかりませんが……。

 前述した『兒女英雄傳』ですが、これは十三妹(シィ・サン・メイ)という女侠(じょきょう)が大活躍する、とても面白い物語なのですが、彼女の愛用する武器はなんと「倭刀(ウォ・タオ)」(日本刀)なんです。
 この「倭刀」、倭寇が(しょう)(けつ)を極めた(ミン)の時代に、よく斬れる(はがね)の刀として知られるようになったと言われています。

 では、『兒女英雄傳』から「倭刀」という単語が出てくる箇所を引用してみましょう。

 將那槓子搶到手裏,掖上倭刀,一手掄開槓子,指東打西,指南打北,打了個落花流水,東倒西歪……
 訳:(十三妹は)その棍棒を取り上げると、日本刀は腰に差し、片手で棍棒を振り回した。東を指すと思えば西を打ち、南を指すと思えば北を打つ。変幻自在、正に落花(らっか)流水(りゅうすい)の如く縦横無尽に暴れまわる……※3

 これは「第六回」、十三妹が大漢(おおおとこ)の悪僧たちを相手に大立ち回りを演じる場面で、なんとも痛快な描写ですが、「第八回」では彼女が張金鳳という女性に向かって語るこんな台詞があります。

「你我不幸託生個女孩兒,不能在世界上烈烈轟轟作番事業……」
 訳:「あなたもわたしも不幸にも女に生まれたために、この世では大きな事業を()すこともできず……」※4

 これだけ活躍していながら、この述懐は意外なようですが、古代の中国において社会の表舞台で活躍するには、科挙に合格して「官」(役人)にならねばなりませんでした。そして、そういうことができるのは男性に限られていました。こうした「官」を中心とする表の世界に対し、謂わば「裏世界」と言うべき世界があって、それが「江湖(チィアン・フゥ)」と呼ばれます。イメージとしては、『三国志』(表世界)に対する『水滸伝』(裏世界)の世界と言えばわかり易いかもしれません。
 裏世界である「江湖」では、表世界とは異なる倫理観や行動原理が働いており、それを体現するのが「(シィア)」と呼ばれる存在でした。侠は男性だけでなく、十三妹のように「女侠(ニィ・シィア)」、あるいは「侠女(シィア・ニィ)」と呼ばれる女性もいました。
 こうした「侠」が活躍する物語は「武侠小説」と呼ばれ、中華エンターテインメントの世界で大きな位置を占めているのですが、その話はいずれ稿を改めて書いてみたいと思っています。

 では最後に今日のBGMですが、八三夭 (パー・サン・ヤオ)の「想見你想見你想見你」(あなたに会いたいあなたに会いたいあなたに会いたい)です。←重要なことので、「あなたに会いたい」を三回繰り返しているみたいです。URL:https://youtu.be/pbSji_3prUc
 この曲は2019年に大ヒットした台湾ドラマ「想見你(シィアン・チィエン・ニィ)」のエンディングテーマでした。このドラマは日本の「ホームドラマチャンネル」でも、「時をかける愛」のタイトルで放送されたそうですね。SFチック且つサスペンスフルなラブストーリーで、面白いです。台湾ドラマを見てみたいけれど、何から見ていいかわからないという方にお薦めです。

※1 文康『兒女英雄傳』上、台灣:三民書局、1976年、P69。また、このエッセイにおける中国語の日本語訳は、特に註のない限りわたし(南ノ)自身による。
※2 例えば、「か」(無声音)⇔「が」(有声音)、「た」(無声音)⇔「だ」(有声音)といった音韻的対立は、台湾人(あるいは中国人)日本語学習者にとって識別が難しい。
※3 文康『兒女英雄傳』上、台灣:三民書局、1976年、P85。
※4 同上書、P108。
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