3月19日 WBCと台湾人のユーモア精神

文字数 3,607文字

 いやあ、WBC、盛り上がっていますね!

 大谷選手のプレーがあまりにファンタスティックで、マンガから抜け出てきた人のようというか、桃太郎が現代に蘇ったみたいというか、『一刀斎は背番号6』が現実になったというか、とにかく「どこか別の世界から来た人」なんじゃないかと思ってしまうほどですよね。

 あ、『一刀斎は背番号6』というのは、昭和時代に剣豪小説で一世を風靡した五味康祐の傑作短篇小説です。

 時は昭和三十年代。奈良の山奥で剣術の修行をしていた、十七世伊藤一刀斎が

の途中、その(たぐ)(まれ)な打撃の才能(剣で手裏剣を打ち返す技の応用⁈)を見出され、読売巨人軍の選手となって大活躍するというお話です。

 当時の野球選手たちが実名で登場する中、一刀斎は「お手前」「御使者の方」「審判どの」などと侍言葉でひたすらマイペース、何しろ初登場シーンが小袖に袴、草履ばきという純和装。それでいきなり特大ホームランをかっ飛ばすという、痛快でめちゃくちゃ面白い小説です。

 これが本当の侍ジャパン(⁈)

 ……というわけで、けっこう古い小説を知っていたりする南ノでした。

 現実のWBCの方に話を戻しましょう。

 今回はA組の1次ラウンドが台湾の台中で行われたこともあり、台湾でも国民的な盛り上がりを見せていました。

 われらが台湾代表チーム(中国に対する配慮から、名称は「チャイニーズ・タイペイ」として出場)、結果は惜しくもベスト8入りはならなかったものの、素晴らしい熱戦を繰り広げました。

 この台湾代表チームの中で大活躍した選手がいます。

 ――張育成選手です。

 本日は、この張育成さんの活躍ぶりと、台湾人のユーモア精神についてご紹介したいと思います。

 張育成選手は1次ラウンドを通じて、16打数7安打、打率4割3分8厘。8打点、2本塁打という驚異的な成績を残し、A組のMVPに選出されました。

 しかも、この2本のホームランがすごかった!

 3月10日の対イタリア戦では同点ツーラン、11日の対オランダ戦ではなんと満塁弾。いずれも試合の流れを一気に変える、ド派手なホームランでした。

 それもそのはず、張育成選手は現在アメリカ大リーグで活躍する、台湾最強とも称される名スラッガーなのです。

 評判通りの実力を見せつけた張育成選手でしたが、ヒットやホームランを放った時に見せる「敬礼パフォーマンス」もまた、大きな話題になりました。

 日本代表でも、ヌートバー選手のペッパーミル・パフォーマンスが大人気ですが、張育成選手の敬礼パフォーマンスも、スタンドを埋め尽くす観客が熱狂するほどの人気を獲得したのです。

 いったいなぜ、張育成選手はこんなパフォーマンスを行ったのでしょうか。

 ここで、台湾の兵役問題について説明する必要があります。

 台湾国籍を有する男性には、兵役の義務があります。以前は2年間でしたが、その後4ヶ月まで短縮されました。最近はまた法律が変わり、2005年以降に出生した男性の兵役は1年に延長されることになっています。

 当時既に大リーグで活躍していた張育成選手は、2019年アジア野球選手権大会での成績(台湾が優勝)により、「12日補充兵資格」を獲得しました。

 つまり、12日だけ兵役に就けばいいという、実質的兵役免除に近い特別措置だったのです。

 その代わり、その後の5年間、台湾代表として招聘された場合には参加の義務がある、という条件が付いていました。

 今回のWBC、張育成選手は当然、台湾代表チームの主力メンバーとして招聘されたのですが、本人の態度があまり積極的ではないらしいという報道がされていました。

 実際の状況はよくわからないのですが、世界のトップレベルで戦うアスリートが、本来の試合日程を変えて代表試合に参加するには、いろいろ調整すべきことがあるでしょうし、その調整に失敗すれば、今後の選手生命にも影響しかねないことは、わたしのような者にも推察することができます。

 更に張育成選手は、今年の2月、元々属していたタンパベイ・レイズからボストン・レッドソックスへの移籍が決まったばかりでした。

 ですから、単に所属チーム内での調整に時間がかかっただけだったのかもしれないのですが、台湾の野球ファンからは張育成選手に対する批判の声が出ました。

 口さがないネットの書き込みでは、張育成選手を「逃兵」(徴兵忌避)と罵る声さえあったのです。

 結果として、張育成選手はちゃんと台湾代表チームに参加してくれました。

 しかも、こうしたネットの批判に対し、張育成選手は見事なユーモアで答えてみせたのです。

 それが、ヒットやホームランを打った時に見せる敬礼ポーズだったのでした。

 張育成選手が満員の観客に向けて行ったこのポーズは、「永遠の忠誠」を表す、軍隊式敬礼です。

 徴兵忌避などと無神経な陰口を叩かれたことに怒るのではなく、「自分は台湾に忠誠を尽くす」と無言でアピールして見せたのです。

 張育成選手のこのユーモラス且つかっこいいパフォーマンスに、台湾国民は沸きに沸きました。

 しかし、口が悪く攻撃的なのはネット民の常です。それでもまだ、「『徴兵忌避』が『二等兵』(階級が一番下の兵隊)になっただけ」などという声もありました。

 そうした揶揄(からか)いや皮肉を言う人たちを、張育成選手は自分のバットで黙らせたのでした。

 いえ、批判の口を封じただけではありません。

 正に「疾風怒濤」という言葉がふさわしい大活躍によって、「二等兵」どころか、アメリカ軍の最高位の階級に(なぞら)えた「五星上將」(Five-Star General / Admiral)に大出世(?)。

 名声はとどまるところを知らず、ついには台湾の「国防部長」(国防大臣)とまで称されることに――

 下のような合成写真まで作られ、ネットで大いに拡散されました。


(写真は「大將軍豪洨專區粉專」から台湾のネットニュース「NOWnews今日新聞」【3月12日付】に転載されたものをお借りしました)

 これに対し、なんと台湾の国防部(国防省)が反応しました。

 軍関係のニュースを配信する「軍事新聞通訊社」を通して、次のようなコメントを発表したのです。


(写真は「軍事新聞通訊社」のフェイスブックより)

「團結一心,永不放棄!」
向中華隊致敬
溫馨提醒:國防部長仍堅守崗位
訳:
「心を一つに団結し、決して諦めない!」
 台湾代表野球チームに敬意を表します。
 念のため:国防大臣は

。(傍点部、南ノ)

 台湾代表チームの健闘を称えると同時に、「国防大臣は(張育成選手)に変わってはいませんよ」というお知らせを、国防部自らが行ったのです。

 しかも、わざと「堅守崗位」(職務を全うする)という固い言葉を使って、大真面目にコメントしているところが爆笑を誘います。

 元々お堅い政府機関である国防部、しかも現在、中国との政治的な緊張状態が続いている中でのこのユーモア!

 どんな時にもユーモア精神を忘れない、台湾人の国民性の面目躍如と言っていいと思います。

 自分への誹謗中傷に対し、卓抜な「敬礼パフォーマンス」で答えた張育成選手。

 そんな張育成選手に向けられた、台湾国民の称賛と熱狂。

 その雰囲気を更に盛り上げた、国防部からの絶妙なコメント。

 前述したように、惜しくも1次ラウンド突破は(かな)わなかった台湾代表チームですが、ユーモア精神という台湾の底力を遺憾なく発揮したWBCだったとわたしは思います。

 最後に張育成選手の活躍を紹介した特別報道の映像をご紹介しましょう。「敬礼パフォーマンス」も登場しますので、ぜひ御覧下さい。(「為張育成加油!2023美國職棒鎖定愛爾達/愛爾達電視20230313」URL:https://youtu.be/TZSRekbJ7J4)

 インタビューの中で、張育成選手は自らが獲得したMVPについて、「これは私個人がもらったものではなく、今回のチーム全員で獲得したものです」と謙虚に語り、また台湾国民からの応援や励ましに対しては、「これこそ、私たちにとって最も必要なものなのです」と述べた後で、大リーグで奮闘する自身の孤独についてもさりげなく言及しました。

 球場では猛牛のように迫力のある張育成選手ですが、涙を(こら)えるようにして静かに語る姿が、多くの人を感動させました。

 スポーツの国際大会は、さまざまな名プレーやドラマを生むと同時に、それに参加する国の事情や国民性についても知るきっかけになるような気がします。 

※ 張育成選手の兵役問題に関する部分は、「網笑翻!軍聞社:國防部長還沒換人」『NOWnews今日新聞』【3月12日付】の記事を参考にさせていただきました。URL:https://today.line.me/tw/v2/article/qoNYQ9x?utm_source=lineshare
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