6月13日 台湾ワクチン騒動(二)と高雄?打狗?

文字数 2,800文字

 ニュースに拠ると、日本から提供された124万回分のAZワクチンは、昨日までに台湾の各縣・市に届き、明後日(15日)から接種が始まるそうです。

 なぜ明日の月曜日からではないのかと言うと、明日14日は「端午節(トゥアン・ウゥ・チィエ)」の祝日にあたっているためです。
 それにしても……

 台湾ワクチン騒動、なかなか妙な盛り上がりを見せております。

 前回、雲林縣でのワクチン不正接種事件を紹介しましたが、それがなーんと雲林縣だけではありませんでした!
 わたしの住んでいる台北市では、より大規模な不正接種事件が起こっていたのです。

 台北市の「好心肝診所」(「診所」は日本の「診療所」に近い。小規模の病院。)がワクチン不正接種を行った罪により、200万元(現在のレートで日本円に換算すると約793万円)の罰金が課されました。その後の調査で、更に五か所の診療所が同じように不正接種を行っていた事実が明らかになり、台北市の「衛生局股長」が、現在検察の取り調べを受けています。

 ただ、「衛生局股長」というのは実は非常に小さな行政ポストで、これほどの重大不正事件がこんな立場の人に行える筈はないということで、「トカゲの尻尾切り」疑惑が出ています。

 では、本当に指示を出していたのは誰なのでしょうか?
 報道番組や政治討論番組の分析は大体一致していて、台北市のトップ――つまり、柯文哲(クゥ・ウェン・ジェ)市長その人である疑いが濃厚だと言われています。

 柯文哲市長は元々医者です。台湾医学界のトップである台湾大学医学部教授で、心臓外科の世界的権威だったのですが、噂では医学部内での抗争に敗れて(『白い巨塔』台湾版?)台湾大学を離れ、2014年に無所属として台北市長に立候補し、それまで国民党の牙城であった台北市において国民党候補を破り、無所属として初めての台北市長となりました。市長の任期は総統と同じく四年で、2018年に再選を果たし、現在二期目です。
 この柯市長、2014年に初当選した時はなかなか市民の期待度が高かったのですが、どうも年を追うごとに残念な感じになっていたところへ、今回のこの事件。台北市民としてのわたしのモヤモヤもマックスに達した感があります。

 もし疑惑の通りなら、なぜ柯市長は不正接種を指示したのでしょう。今回話題の「好心肝診所」は先ず、柯市長の医師時代の先生が経営する診療所でした。更にそこで接種を受けた人の中には、大企業の社長だとか芸能人だとか、そういった人たちが多数含まれていたことが既に判明しています。

 最近日本でも話題になっているワードを使えば、所謂「上級国民」ってやつですか?
 もっとも台湾のニュースでは「上級国民」という語ではなく、代わりに「人情※1ワクチン」、「黒箱(ブラックボックス)ワクチン」、「特権ワクチン」などのワードが使われていました。

 この話がいかにとんでもないかと言うと、一部の特権階級の人間を不正に優遇したというだけではないのです。台北市では、本来最もワクチンの接種が必要な医療関係者がまだ一巡目のワクチンを接種できていないんです! それなのに金持ちや有名人がこっそり割り込みだなんて、なにそれ?? あり得なくないですか。しかも、バレたら責任を全部下っ端の役人に押しつけてトカゲの尻尾切りって――。
 昭和の松本清張ミステリーじゃないんだから! と思わずツッコミたくなりました。まったく! 台湾でリアル清張ミステリーなんて、全然見たくありません。本気で勘弁してほしいです。現在、検察の調査が続行中だそうですが、どうなることやら……。

 と、いうような話ばかり書くと、こんな台湾にワクチンなんか提供すべきではなかったと思われてしまいそうなので、大部分の縣・市ではちゃんと規定通りワクチン接種が行われていることを声を大にして言っておきます。

 今最も評価が高く、市民の称賛を一身に集めているのは、台湾南部の中心都市・高雄市の市長を務める民進党の政治家・陳其邁(チェン・チィ・マイ)です。
 日本でも同じだと思いますが、ワクチンの接種が急務なのは、先ずなんと言っても医療関係者、それから高齢者ですよね。

 高雄市ではそもそも防疫対策がしっかり機能していて、先ずコロナ患者が殆どゼロです。しかも、医療関係者にはとっくに接種が完了しています(日本とは別ルートのワクチンによる)。しかも、高齢者に対する配慮が至れり尽くせりなんです。

 高齢者は当然ながらパソコン操作が不得意です。台湾では「里」が最小の行政区分になるのですが、高雄市の場合、「里長」から高齢者に対し、「何時に、この場所へ行って下さい」という非常に簡単明瞭な通知が来ます。もし高齢者が病気やけがなどの理由で接種場所まで行けない場合は、高雄市が特別契約したタクシーが送り迎えしてくれます(もちろん無料)。それさえ無理な場合は、なんと医師がわざわざその人の自宅にまで来て接種させてくれるのだそうです。

 それに比べて、台北市は85歳以上の老人にもネット予約させるとか、とにかく高齢者にやさしくなく、しかも市政府はろくに説明をしないため、「予約できても、その後どうすればいいのかさっぱりわからない」と非難ごうごうです。実際の接種場所は台北市内の診療所が主になるようなのですが、「台北市政府は責任を全部現場に押し付けるばかりで、指揮系統が全然機能していない」と診療所の医師たちが市政府に抗議する事態にまで発展しています。
 わたしの知り合いのご両親なども「搞不清楚(わけわかめ)」状態だと(こぼ)していました。

 台北市と高雄市というのは、日本で言えば東京と大阪の関係のように、互いに一種ライバル視している雰囲気が伝統的にあるのですが、今回の件では軍配は完全に高雄、台北は完膚なきまでの敗北だと思います。

 ――ああ、高雄市民になりたい!

 というのが、最近の台北市民の心の叫びです(ため息)。

 ところで、この「高雄」という地名表記、実は日本と関係があります。この地方は元々、台湾先住民族の言語で「 takau」と呼ばれていたのを、漢人が「打狗」と漢字表記していました。それが日本殖民地時代になると、日本人によって「高雄」の漢字に改められ、原語に近い発音で「タカオ」と読むようになったのです。

 そして、日本殖民地時代の漢字「高雄」がそのまま残り、現在は「高雄」を「國語(グゥオ・ユィ)」(北京語)で、「ガオ・シィオン」と発音するのが一般的ですが、日本人が日本語読みで「タカオ」と発話した方が、むしろ元々の発音に近いところが面白いですね。

 さて、冒頭に書いたように、明後日から日本提供のAZワクチン接種が始まるのですが、いやはや順調にいきますかどうか。

 台湾ワクチン狂騒曲、まだまだ終わる気配はなさそうです。

※1 中国語の「人情(レン・チン)」には、日本語の「人情味」にあたる意味もあるのですが、他に「借り/貸しをつくる」の意味でも使われます。今回の例は、もちろん後者です。
 
 
 


 

 

 
 
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