第13話

文字数 1,169文字

 玄関から、右側には20人くらいも使える幾つかの細長い靴箱の空間があり、左側には強化ガラスの窓の広い事務所がある。ここには、上着がありそうなロッカールームもありそうだ。
 私は、体の芯まで凍えそうなので、左側の事務所に入った。何年も使い古したような薄汚い机と椅子が散乱している。やはりここも殺風景だ。寒さで震えながら奥のロッカールームに入り、冬用の厚手のジャンパーがあったので、これを着て寒さを抑える。そこでもう一度、何とも心細いので人を呼んだ。
「誰かいませんかー!」
 辺りはシンと静まり返っていた。やはり、誰もいないようだ。
こんな刑務所なんかに一人でいると、なにか恐ろしい妄想をしてしまいそうである。
例えば、二人組の凶悪な死刑囚が襲ってきたり、刑務官が手錠片手に追い掛けてきたりと……。
そんな考えが自然と脳裏に浮かんだ。
 私は、身震いして頭を振った。寒さに関係なくガタガタと足が鳴る。今はこの不可思議な場所から家であるボロアパートへ帰り、何事も無かったかのようにベットで寝ることを考えなければ。
 体がどうしても寒さ以外の何かで震えてしまうが、腹に無理に力を入れ、勇気を振り絞る。もしかすると、呉林たちがいるかも知れない。そうでなければ、こんな場所に何日もいられない。気が狂ってしまうだろう。そこで、散乱している机から、椅子をどかしながら調べてみた。すると、一番大きい机の中から鍵を見つけられた。
 それは通路の鉄格子の鍵で、「通路正面入り口鉄格子」と鍵に書かれている。これで、恐くてしょうがないが、刑務所の奥へと行ける。
 いろいろと不安を抱きながら通路正面の鉄格子を鍵で開け、薄暗い通路を歩くことにした。刑務所はかなり広く、真っ直ぐ歩いても幾許か時間が掛かった。厚手のジャンパーの襟を立て、ポケットの中に入っていた煙草に火を点ける。そうして、しばらく歩くと、正面に丁字路が現れた。壁に簡易地図があり正面から右、囚人房、右奥、懲罰房、医務室、運動場。左、調理室、左奥、大風呂、処刑場、作業場。と書かれてある。どうやら、この刑務所は長方形の形をしているらしい。例えば、右へ行くと囚人房がずらりと並んでいて、奥に懲罰房があるといった感じだ。そして、左奥と右奥は通路で繋がっている。二階はない。
 私は、右の囚人房へと向かった。単に処刑場が怖かったのだ。また、裸電球だけの通路をしばらく歩くことになる。
 本当に呉林たちか誰か人が居てくれればいい。私は心の底からそう願っていた。
 薄暗い囚人房に着いた。囚人房は通路の奥の突き当りまで、頑丈そうな扉で無数にあった。私はそこでジャンパーの中にあった鍵束を取出し、手当たりしだいに出たり入ったりしたが、どこも蛻の殻であった。誰もいないやとずいぶん奥で諦めかけた時、歌が聞こえた。
 
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