第9話

文字数 1,812文字

 俯いた安浦の目の前にジャイアント・パフェが届いた。ジャイアントというだけ大きい。ふつうサイズの3倍くらいだろうか。私はさらに詮索をするのを控える。特に気にしないことにした。
私はコーヒーを注文した。
「それで、それで、何だったのかしらあの電車での出来事」
 安浦が誰にとは言わずに口を開いた。
「解らないわ。でも、とても危険な出来事だと感じるわ……。そう、命に関わるような」
「何だって!」
 私はウエイトレスが持ってきてくれたコーヒーに手を伸ばしたが、すぐに手を引っ込めて呉林の方を見る。恐怖と混乱の再来で視線に力が入った。
「怖いこと言わないで!」
 安浦が、ジャイアント・パフェを頬張るのを止め、また泣きそうな顔になる。けれど、めげずにジャアイアント・パフェに挑みだした。
「でも、実際問題として、また起きる可能性は誰も否定できないわ。それに私には解るのよ。また、こんなことが起きると。それに、きっとこれは……始まりに過ぎない」
 呉林の顔はどこか、私の顔ではなく。遠いところを向いていた。説得力のある雰囲気を纏っている。けれど、それが今では戦慄を覚えさせる。たんなる商売道具だった。まるで、解らないことは私に聞きなさいと言っているようにも取れた。
 私はとある事に気が付いた。
「呉林。このことの原因はいったい何なのかな。解ることは何でも教えて欲しいんだ」
 呉林は少し溜息を吐いてから、
「私にも解らないわ。でも、こんな体験がまた起きるわ」
 自信を持って、真剣な眼差しを私に向ける。その顔は自分の自信に心酔しているようだ。
「君のやっている占いみたいな事でも解らないかな? 悪いけど金は無いんだ」
 私は少し強めに言った。呉林は臆することなく、 
「昨日の雨の日。喫茶店でコーヒーを飲んでから、どうも調子がおかしいのよ……」
「そうか……」
 そういえば、私も昨日の雨の時、喫茶店でコーヒーを飲んだ。……何か引っ掛かる。
「安浦は?」
 私は心の引っ掛かりを何とか取り外そうとした。
「え、あたし? コーヒー飲んだよ。真理ちゃんと一緒に」
「そうね。確か頑丈そうな赤レンガのお店だったわね。あれから私、家に帰ってからいくつかの書類の依頼をこなそうとしたけど、全然駄目だったわ。力が出ないのよね。困ったことに」
 と、少し疲れたような顔をして俯いた。
「え、頑丈な赤レンガの喫茶店だって!? それって、ひたち野うしくにあって、林の中にポツンとある喫茶店かい。確か名前は笹井喫茶室」
 驚いた私は叫んだ。
「そうよ。私と恵ちゃんはあの日。ひたちの牛久の店で買い物をして、住宅街を通って家に帰ろうとしたんだけど、急に土砂降りになったんで、仕方なく近くの喫茶店に逃げ込んだのよ。折角の買い物袋を濡らしたくないから。共通点があったわ!」
 これで、一つの共通点が浮き上がった。そして、もう一つの共通点、
「もしかして、あのコーヒーか?」
 私は思わず呟きボサボサ頭を掻き回した。不思議な気分だ。自分の身に何が起きているのか現実的にはさっぱり解らない。
「え、何て言ったの」
 安浦はパクパク食べるのを止めた。ジャイアント・パフェは半分以下になっていた。そ
して、また挑む。
「そうよ。コーヒーよ」
 呉林も呟く。
「もしかして」
 私がそう喋ると同時に呉林が話し出して来た。
「私も恵ちゃんも、そして赤羽さんもオリジナルコーヒーを飲んだ事になるわね。だって、当店 自慢のコーヒーですって言って、何も注文してないのにサービスをしてくれたのよね。とても美味しかったけれど必ず何かがあるわ」
「え、何々? どうしたの?」
 私たちはスプーン片手に困惑する安浦を放っておいた。
「これで、原因が解ったはずだ。明日、三人でひたち野うしくの喫茶店へ行こう!」

 私はしばらく仕事を休むことにした。呉林たちと別れてから、エコールの谷川さんに連絡して体調不良を理由にしばらく2・3週間の休暇を取ることにした。当日欠勤をしたのも初めてとなる。  
 3年間。一日も休まず働いていたのに事情が事情なだけに仕方がなかった。谷川さんは「珍しいね」と言ってたっけ。
 呉林たちも大学を休むことにしたようだ。
 翌日、私は安浦と呉林と3人で林の中にある問題の喫茶店にいた。あの嵐の時と一切変わらずにそれはあった。けれど、違ったところもある。光沢のある木製のドアに「クローズ」と看板が掛けられているところだった。
「閉まっているね。笹井喫茶室」
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