第60話

文字数 1,794文字

「だから、その原因である大きな夢を見させてしまう精神を歪めているものを取り除けば」
「その通りじゃ」
 浮浪者はにっこりした。
「その原因の何かは解る。あの赤レンガのオリジナルコーヒーだよな」
 私は顔を強張らせる。
「やはり君たちも……。しかし、違うとも言える。全人類がコーヒーを……。わしも赤レンガの喫茶店でコーヒーを飲んだが。もっと、別なものじゃ」
「うーんと。あ、あなたも飲んだのね。赤レンガのオリジナルコーヒーを?」
 安浦の発言で、私も驚いた。この人が霧画の言っていたもう一人の仲間だ。
「ああ。飲んだとも。……雨の日の散歩の時に雨宿りをして、そして、タダだったからじゃ」
「そうだったのね」
 安浦と私は顔を見合せた。
「話は終わっていない。コーヒーだけではない。この世界の全人類の未来が懸かっているのじゃぞ!」
 浮浪者は少し厳しい顔になる。
「解った。お水」
「違う。答えは空気じゃ。水だと雨水や水道を飲むものと川や湖の水を飲むものと共通点がないからじゃ」
 それで、私ははっきり解った。南米は確か世界中の酸素の大半を、その密林で生成しているんだった。シャーマンはウロボロスの大樹に何かしているって、霧画から聞いたので、そう考えられる。
「お爺さん。明日、会ってほしい人がいるんですけど」
「誰かな?」
 浮浪者は自然に首を傾げた。
 その仮説では、田戸葉や株式会社セレスはいったい。私はふと思った。もしかすると、あれは夢の中の夢なのだろうか……。私は背筋が氷のように冷たくなるのを感じる。つまり、この浮浪者の仮説では、夢の中の夢ではなくて、田戸葉やセレスは私の歪んだ精神が見せる虚構だったということになる。
 ……霧画はいったい。
 私たちは一旦。浮浪者と別れて家に帰ることにした。明日に浮浪者を連れ、呉林に会いに行こうと考えながら……あ、そういえば、浮浪者の名前は聞いていなかったな。とても賢い味方ができた。
別れた時から、安浦は終始考え事をしているようだった。知的な面を見れて、けっこう頭がいいんだなあ、などと思っていると、
「ご主人様。全人類を救いましょう。いつかはみんな虚構の中で死んじゃう」
 安浦は真剣な眼差しをしている。かなりさっきの話が効いているのだろう。
「わ……解った」
 どうやって、とは言いたくても、言えない雰囲気だったが、私も特異な危機感を覚えた。

 翌日、私は安浦と浮浪者を連れ、私のアパートの近くにある呉林の家にお邪魔した。何時もと変わらない。薄い青のノースリーブと紺のジーンズの呉林に、居間に通されると、霧画の姿はやはり無く。呉林はなにやら仕事と調べ物で忙しいと言った。
「どう、南米へは行けそう」
 ボロボロの服装の浮浪者を連れてきたことに何も言わず。正座している私たちに奥のキッチンから、お茶を配る呉林が陽気に聞いてきた。
「いや、後10年は掛かるだろう」
 私は申し訳なく言った。それぞれが座ると、
「そう。そちらの御老人はオリジナルコーヒーを飲んだ人ね」
 本当にいつもの呉林である。
「そうだ。電話しようとしたが、繋がらなくて直接来てしまった」
 私は勧められたお茶を飲みながら、
「あ、お構いなく……」
 呉林が立ち上がり、何か(安浦のために)キッチンから出そうとした。
「ご主人様。固くなりすぎー」
 安浦は、女性の家に入ってどうしていいか解らない私をからかった。
 テーブルには可愛らしいクマのビスケットが現れた。安浦が早速、手を出した。
「真理ちゃん。この人、凄いのよ。あれ、お名前?」
 クマのビスケットをぼりぼりしながら、安浦は上機嫌で浮浪者を紹介した?
「わしの名前か。名前は浮浪者だしどうでもいいが……デュオと呼んでくれ。本名は高月 嗣郎(たかつき しろう)多分、62歳」
 ディオはさもどうでもいいといった感じで、名乗った。
「それでは、デュオさん。私の調べた事とあなたの知っていることを突き合わせてみましょう」
 呉林が呪い師の雰囲気を纏う。
「解った」
 デュオはクマのビスケットを頬張りながらお茶を啜る。
 あれ、何か白い湯気が……。
「あ、ポット……火を消し忘れたかしら」 
  呉林が珍しく慌ただしく立つ。
 見ると、キッチンの方から白い湯気が霧のように現れ、部屋全体へと、それは視界を覆うようにまでなる。
「え、これ普通じゃない!」
 呉林が叫ぶと同時に、私の意識がストンとブレイカーよろしく……落ちた。

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