第58話

文字数 1,116文字

「ご主人様。何か知っているみたいですよ。この人」
「ああ。それが何であるか……」
 私はそういうと、何か食べ物も買った。
「ありがとな。これは明日の朝飯にすることにして。」
 浮浪者は大切にコンビニ弁当を左手に抱え、それから、私と安浦をどこかへと案内しようとしている。
「別に取って食う訳じゃない。こっちに来い」
「どうします。ご主人様」
 安浦は少しだけ不安になったようだ。
 私は少し考えると、
「解った。ついていきます。行ってみようよ安浦」
 私と安浦はこの浮浪者についていくことにした。
 夏の午後、6時の青空は少しは涼しい気持ちにさせられる。歩く人も疎らな道を通って、浮浪者は私たちを映画館「ヘルユメ」の裏通りに案内した。
 そこには、薄汚れていて人気がないところに、小さなテントがある。地面にはゴミ一つ散乱していない。どうやら奇麗好きのようだ。かすかに人が住んでいるといった生活感が漂っていた。
「異臭がしませんね。ご主人様」
「ああ。臭くなくて助かる。でも、俺たちの知っていること以外を、知っているようだし。しかも、一連の夢のことをだ。何かいい知識が入るのかも知れない。俺たちは夢の世界を知っているようで、知らないのかもしれないからな。呉林も今は勉強中だし、霧画は行方不明。この人の知識を知っておいて、損は無いと思う」
 私と安浦は本だらけのテントに招かれた。異臭がしなくて大助かりだ。まるで、つい最近浮浪者になった人のようだ。けれど、もう何年もここに住んでいる生活感があった。
「兄ちゃん。そして、お譲ちゃん。わしの知ってることが何か・・・知っているんだろう。いや違うな。体験しているんだね。わしも何度か夢の世界で死ぬ思いをしているんだ。」
 私はテントの中で腰掛けていたのだが、腰を浮かす。
「あなたもリアル過ぎる夢の体験をしたんですか」
「ああ。銭湯のようなところと、ビル。そして、船」
「え?」
「ああ。どうやら、お兄ちゃんたちはそこへは行ったことがないみたいだな」
 浮浪者はそういうと、私と安浦にギラギラしている眼を向ける。
「お兄ちゃんとお譲ちゃんは夢の世界に行って無事、生還したようだな。そして、人によって体験することが違うところがあるようだな」
 浮浪者は私が買ってやったサイダーの蓋を丁寧に開ける。
「頂くよ。それから、奢ってくれた君たちの今後のために、わしの体験したことで解ったところを話そう」
 一口、サイダーを飲み。
「まず、夢の世界で死ぬと元の世界には決して戻れない。さっきも言ったな。わしの友人は夢の世界で死んでしまって、この世界には戻って来てない。もっとも、この世界は虚構なのかも知れないが」
「御友人がいたのですね」
「ああ」
「お察しします」
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