第6話

文字数 1,506文字

7月26日

 そこは質素な黒と茶色の針葉樹でできた森の中央だった。そこにルゥーダーとその母のカルダが暖かい焚き火を囲んでいる。
ルゥーダーの母が言った。
「青い火花の力で守られた巨大な黒い森に永遠の衰退と死を」
 ルゥーダー
「先に進んだ者たちは殺さなくても自滅する」
 ルゥーダーの母
「ウロボロスの世界樹と同じくらいの年月を生きるのなら自滅とは言わない」
 私の意識はどうやらルゥーダーと呼ばれる男性の体の中のようだ。私がそれに気付くと意識は急速に上へと向かう。

 翌朝。私はいつもよりも1時間30分も遅く起きてしまった。いつもは6時00分に起きるのに……それから、朝食や着替え。今は無論7時30分である。
 完璧に遅刻である。
 私は青くなった顔で、携帯のアラームを調べる。目覚まし時計は家にはなく、いつも携帯のアラームで起きていた。昨日は信じられないことに、毎日の習慣のアラームをオンすることを忘れていたようだ。
 私はアラームを明日のために忘れずに午前6時にONにした。急いでテレビを点けると丁度、ニュースの天気予報で、快晴になるとアナウンサーが教えてくれるところだった。
朝食のいつものコンビニ弁当と歯磨き、何時も通りのことを遅く起きた時のぼんやりとした頭でのろのろとし、青い顔を洗う。
窓の外には遠くに曇り空が少し残っている程度だ。昨日の嵐のような天気が嘘のように去って行った。
 私は急いで、アパートを黒いジーンズと灰色のTシャツを着て転がり出る。最近から雨
水管工事をしているようで、交通誘導のおじさんが挨拶をしてきた。いつもは交通誘導のおじさんと顔を合せた事はない。私は未だにぼんやりとした頭で挨拶を返し、駅までの住宅街の小道を辛抱強く半ば諦めたかのように足早に歩いて行った。
 いろいろな職場をテンテンとしていた私は、「エコール」に入ってからは3年間も無遅刻無欠勤だった。
住宅街から、知り合いのおばさんが、ほんのちょっと世界を洗うような、朝日を浴びる庭の花に水をやりながら、
「あら、今日は遅いのねぇ。今日はちゃんと晴れるのかしら」
 と、驚いていた。3年も無遅刻無欠勤だったのがそうさせる。それにしてもいい天気だった。
「おはようございまず……。この前はありがとうございます」
 私は諦め顔で挨拶をした。ちょっと前に壊れかけた自転車を直してもらった。
 免許は無い。
 昨日の頑丈な赤レンガの喫茶店の前を駆け足で通り、大きな公園の真ん中を突っ切るとロータリーに着いた。行き交う通行人は、いつもは背広姿しか見えなかったが、今日は遅くに来たせいか学生服や私服が目立った。時間帯が少し違うだけで、その場の雰囲気も景色も微妙に違ったものとなる。
 今日はいつもとかなり違った陰鬱な気分でホームに立っていると、通勤快速ではなく普通列車が来た。この電車に乗るのもこの3年間で初めてのことだ。
 電車の中は普通列車だけあって、学生と背広とで大分混雑していた。それでも、私は座席に座ることに成功した。丁度ここの駅で降りる人の座席が空いたのだ。右側に背広を着た男性、左側には女子大生らしい人が二人、挟まれる感じになった。
 電車で三駅。だいたい10分くらいだ。私は初めて仕事に遅刻したことを、どう弁解しようかと考えていると、急に眠気が襲ってきた。
 
 まどろむ意識の中。無理して考えていると、急に辺りが薄暗くなりだした。
 電車の照明が消えかかっているのかと上を見ると、すべての照明は闇にすっぽりと沈んでいた。
周囲がどうもおかしい。それに冷房が効きすぎているみたいになんだか寒くなりだしていた。
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